映画の心理プロファイル

『ヒア アフター』(2010 米)

前回、「大胆不敵な水墨画」(NHK)のことを話題にしたけれど、
こんな、まるで水墨画のような映画はかつて観たことがなかったかもしれない。
物語が進めば進むほど、お話に入り込めば入り込むほど、心が穏やかに凪いでいくのだから。
そんな不思議な感覚を味わわせてくれた御年80歳のイーストウッド監督、やはりただ者ではない。

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原題:『HEREAFTER』(129分)
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ピーター・モーガン
音楽:クリント・イーストウッド
出演:マット・デイモン
   セシル・ドゥ・フランス
   ブライス・ダラス・ハワード

この映画の主人公は3人。その3人ともがそれぞれの形で死と直面した経験を持っている。
けれど、暮らしている国はばらばら。1人はサンフランシスコ、1人はロンドン、そしてもう1人はパリ。
なので3者の人生が絡み合うことはないと思われたのだけど・・・。

導入部はまず、死とは真逆の生命みなぎる南洋のリゾート地から始まります。
メイクラブの余韻漂うベッド、窓を開ければ外はコバルトブルーの海。
陸地に目を移せば、そこは活気と笑顔があふれる市場。死の影など微塵も感じられない。
そんな中、人々に死をもたらす巨大なエネルギーが海の彼方から怒濤のように襲いかかってくる。
それは巨大な津波だった。
パリからバカンスに来ていたマリーもあっという間に波に呑み込まれてしまう。
瀕死の状態で水中を漂うマリー。
そんな彼女が見たのは、幻のような、それこそ水墨画のような不思議なビジョンだった。

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上の水墨画は、安土桃山時代に活躍した長谷川等伯の作品。まさに幽玄閑寂の世界だ。
イーストウッド監督がイメージした生と死の境目の世界も、それに似て幽玄にして閑寂だった。
そんな映像がスクリーンに広がるので、パニック映画並みの津波襲撃シーンなのに
まるで水墨画を鑑賞しているような心持ちになってしまう。

幽玄閑寂な心持ちをより高めてしまう理由は他にもある。
舞台の3分の2以上がロンドンやパリといった欧州ということもあって、
この作品、しっとりと落ち着いたヨーロッパ映画の趣があるのだ。
死んだ人物と交信できるジョージ(マット・デイモン)の住むサンフランシスコの映像にしても、
ダーティハリーが闊歩していた同じ街とは思えないほど何だか落ち着きはらっている。
テーマが「死との対話」ということもあるけれど、
枯淡の境地に達したイーストウッド監督の心象風景がそのままスクリーンに投影された結果といえるかもしれない。

なぁんてことばかり書いてると、地味で禅問答のような映画かと思われてしまうかもしれませんが、
映画の冒頭のようにちゃんとエンターテイメントはしています。
料理教室でのマット・デイモンとブライス・ダラス・ハワードのやりとりなんて、すこぶるエロティックだったしなぁ。
それに、「ヒアアフター(来世)」というと、ちょっと間違えるとトンデモ系の作品になりかねないけれど、
そこはイーストウッド監督、来世を肯定も否定もせず、説明過多にもならず、また変に宗教っぽくもならず、
実に優しい眼差しで3人を現世ならではの喜びを感じられる地点まで運んでいってくれる。

説明を可能なかぎり削ったラストも個人的には気に入った。

前作『インビクタス』は今ひとつだったけど、いやいや後味の良い映画でした。


下の絵画は、自らの能力に悩むジョージの好きな「ディケンズの夢」という作品。
遠くにあるイメージ(夢)は淡く、近くにあるイメージ(夢)は濃くて色づいている。
ジョージが霊能力を発揮する時も、こんなビジョンが眼前に広がるのでありましょうか。

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by kiyotayoki | 2011-03-03 13:13 | 映画(は行)