映画の心理プロファイル

真鶴の海と“ポトラッチ”

友人に会いに、朝から神奈川西部にある真鶴へ。
今年、初めて見る海は“鏡のように”という表現そのままに凪いでいた。
それは生きとし生けるものを産み育んでくれる滋味あふれる母なる海だった。
この海からは、猛り狂ったように東北地方の海岸線をなめ尽くしたあの日の姿は想像もできない。
それどころか見渡すかぎりの群青の水面を見ていると、しんと心が鎮まっていくのがわかる。
大いなる皮肉。
でもそれが自然というものなのだろう。

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駅まで車で迎えに来てくれた友人と海岸線をドライブしたのだけれど、
週末は渋滞が当たり前という道は、前方に車の姿は見えず対向車もまばらだった。
地震の影響で、真鶴や湯河原といった観光地も閑古鳥が鳴いているらしい。
友人がやっている駅前のうどん店も、平日だと店に入ってくる客はニ、三人がいいところだそうだ。
地震は、直接被災していない地域にも様々な影響を与えているんだなと実感。

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電車に乗っている間に読もうと鞄に入れていた本に興味深い記述があった。
今年、生誕100年を迎える画家・岡本太郎の若き日のエピソードなのだけれど、
当時、パリ大学に通っていた岡本太郎がクラス仲間に流行らせた言葉があったんだそうな。
それが、「今日はみんなでポトラッチしよう」。
ポトラッチというのは、「贈る、与える」という意味の北米先住民の言葉らしい。
富を築いた者が持たざる人々に大盤振る舞いをする儀式、それがポトラッチで、富の偏在をなくすために始められたものらしい。
太郎はそれに習ってなけなしの金をはたいて仲間とカフェへ繰り出したという。

“なけなしの金をはたいて”とまではいかないけれど、このポトラッチと同じことを今、僕たちもしてはいる。
それだけでいいのか、ただの自己満足ではないのか、他にやりようはないのかと自問自答してしまうこともあるけれど、
「何もしない」という選択肢よりも数段マシ、なんだろうな、やはり。
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by kiyotayoki | 2011-03-28 10:07 | 閑話休題