映画の心理プロファイル

水上バス初体験

雨の中、上京していた従兄弟と一緒に水上バスで両国からお台場まで
小一時間ほどの船旅を楽しんだ。
あいにくの天気で視界は良くなかったものの、水上バスは初体験だったので思いの外楽しめた。
東京って大阪と同じように運河の街でもあるんだということも再確認できたし。

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発着場の年季の入った受付嬢によると、
お台場の桟橋は地震のせいで、今はまだ船を横付けできないらしく、
水上バスは「船の科学館」の桟橋に着くとのことだった。
埋め立て地だけに、やはり土台の部分に液状化でも起きたんだろうか。
乗船客は、僕らを含めて3組だけで、これまた年季の入った男性ガイドさんは
テンションを上げるのに苦労なさっていたご様子(^_^;)。

桟橋に到着後、せっかくなので「船の科学館」を見学。
驚いたのは、展示物のひとつで、かつて南極観測船として働いていた宗谷の故事来歴だ。

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この船って、てっきり南極観測のために戦後建造されたとばかり思っていたのだけど、
なんと建造は戦前の1938年。しかも、当時のソ連のために建造されたものだったらしい(船名はボロチャエベツ)。
だけどその後、第二次世界大戦直前の情勢を睨んで、ソ連への引渡はなされず商船「地領丸」として竣工したんだそうな。
そして戦争が始まると、海軍の特務艦として働き、奇跡的に撃沈もされず終戦を迎えたんだとか。
でもって戦後、日本が南極観測を行うことになって、宗谷は南極観測船の役を仰せつかることになる。
というのも、宗谷は元々ソ連向けに耐氷型貨物船として建造されたからだ。

だけど、観測船として作られたものじゃないし、2千トンちょっとで船としてはかなり小さい(三代目の「しらせ」は1万トン以上ある)。
だから、あんなに苦労したんだな(皮肉なもんで、宗谷が氷に閉じこめられた時に助けてくれたのはソ連の砕氷船だったという)。

いやいや、オレンジ色のカラフルな船体からは想像もできないことだった。

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by kiyotayoki | 2011-04-24 21:37 | 閑話休題