映画の心理プロファイル

表参道界隈散歩 その2

前回の続きです。

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『高野長英先生隠れ家碑』と刻まれた石碑があるのは、青山通りを背にして立った場合、
スパイラルビルの左端にあるんですが、なぜ、こんなところにそんな石碑が埋め込まれているのかを
調べてみたら、高野長英さんの有為転変の生涯(特に晩年)がわかってとても興味深かった。

日本史の授業などで知っていたのは、長崎でシーボルトにオランダ医学を学んだ長英が
幕府批判の咎で渡辺崋山らと共に捕らえら投獄されたってことぐらい(「蛮社の獄」っていうんでしたね)。

調べてみて驚いたのは、
投獄されて6年目の1844年(弘化元年)、伝馬町にある獄舎の火事で3日間の解き放ち(期限内に集合場所に戻ることを条件に開放すること)になったのを利用して脱走しちゃったという事実があったこと。
時代劇でよく「解き放ち」のエピソードは出てくるけど、本当にあったんだね、そういうことが。
一説によると、獄吏を買収して放火させたって話もあるらしい。

脱走した長英さんは、多くの門人や学者、宇和島藩主伊達宗城公、薩摩藩主島津斉彬公等に守られながら日本中を転々。
逃げのびるために何度も名を変え、硝酸で顔を焼き面相まで変えた。

けれど、1850年(嘉永3年)長英さんの命運は尽きる。
「沢三伯」と名前を変えて、青山百人町の借家(それがスパイラル辺り)に潜伏していたのだけれど、
それが捕吏の知るところとなり踏み込まれてしまった。
長英さんも医者とはいえ元々は武士の端くれ。脇差しで自ら喉を突いて47歳の生涯を閉じたというのだ。

まさに波瀾万丈、小説の題材にぴったりじゃない。
そう思ったら、『長英逃亡』(吉村 昭著)という小説がとっくに出ておりました。そりゃそうだろうね。


ま、それはそれ、この日はせっかく青山に来たんだから、久しぶりに外苑西通りにあるワタリウム美術館へ行こうと
最初から決めていたのだけれど、そのついでに見ておきたい場所があった。
それが、都営青山北町団地

この一週間ほど前、表参道を訪れたときに見かけてびっくりしたのですよ。
「ええっ、青山通りの裏に、こんな古い団地がまだ残ってたんだぁ」って。
だけど、その時は人を案内していた最中だったので、ゆっくり見る余裕がなかった。
そこで、この機会に再訪してみようと思ったわけです。

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上の画像は、団地の入り口にあった「団地案内図」。
この錆びつき具合を見ても、この団地がいかに古いかがわかろうというもの。
帰って調べてみたところ、この団地ができたのは、昭和32年(1957)~昭和43年(1968)の頃らしい。
24棟からなるかなり大きな団地だ。敷地にもゆとりがあって、前庭には荒れてはいたけど家庭菜園のようなものもあった。

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なにより驚くのは、その長閑さ、緑の多さ。
青山通りからちょっと引っ込んでるだけなのに、蝉の鳴き声のせいもあって車の音は聞こえてこないし、
表参道の繁華街からも近いのに、人影はまばらだ。
こんな一等地なのに都営だからきっと家賃は安いんだろうし(3万円強だって!)、環境はいいし、
一度入居したら出ていく人はほとんどいないだろうなぁ・・・。
そう思っていたら、この団地、3分の1は空き家なのだそうな。
理由は、だいぶ前から都が再開発を計画中で、入居者募集を中止していること。
その上、住居者の高齢化もあって、徐々に空き家が増えていってるというのが実状らしい。

実際、4階建てと5階建ての建物はかなり老朽化しているし、エレベーターもついていないから、
4階や5階に住んでいるお年寄りは大変だろうなと思う。


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              だけど、猫たちにとっては天国みたいなところだね、ここは。
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by kiyotayoki | 2012-09-06 12:36 | 閑話休題