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映画の心理プロファイル

シーボルトの孫 楠本高子

前回、ご紹介した『カメラが撮らえた 幕末三◯◯藩 藩主とお姫様』というビジュアル本を読んで、
どうしても調べたくなってしまった女性がいる。

それが、シーボルトの娘、楠本イネさんだ。

日本人女性初の産婦人科医になった人だけど、
ドイツ人と日本人の間に生まれた人だけに、ハーフ特有の美しいお顔をなさっていたんじゃないだろうか。

で、画像検索してみたら、な、なんと、おイネさんの娘の楠本高子さんの画像が見つかった。
シーボルトの孫にあたるから、クォーターということ。
卓球の石川佳純選手みたいな涼やかな目をした美女だと思いません♪

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調べてみたところ、おらんだおイネと呼ばれた楠本イネさん(1827~1903)が娘の高子さんを
産んだのは嘉永5(1852)年のこと。父親は、おイネさんに産科学を教えていた岡山の医師・石井宗賢。
ただ、この出産はおイネさんの望まないものだったようで、おイネさんは生まれた娘を連れて
彼女の母・お瀧さんの住む長崎へ戻っている。
高子さんは13才まで長崎で暮らし、その後、おイネさんと一緒にシーボルトの弟子である二宮敬作の住む宇和島へ。
そこで、1866年、二宮の甥の三瀬諸淵と結婚。上の写真はその頃のものかもしれません。

だけど、25才の時にご主人と死別。
その後、再婚して、一男二女をもうけたそうな。ただ、そのご主人とも死別。高子さん母子は、東京で産科を開業していた母のおイネさんと暮らし、昭和13(1938)年に亡くなったという。


おイネさんにしても高子さんにしても混血児ということで、
今と違って世間の目はかなり冷たいものだったと思うけれど、
それにも負けずに強く逞しく生きてこられたお二人のこと、もっともっと知りたくなってしまいました。
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by kiyotayoki | 2012-09-28 12:50 | 備忘録