『切腹』(1962 日)
監督:小林正樹
原作:滝口康彦
脚本:橋本 忍
音楽:武満 徹
出演:仲代達矢
岩下志摩
石浜 朗
稲葉義男
三國連太郎
丹波哲郎
この映画に英語題をつけるとしたら、
これこそ『ラストサムライ(THE LAST SAMURAI)』がぴったりだな
と思えるような内容と佇まいを備えた作品です。
というのも、形骸化していく武士社会にひとり背を向けたサムライの
お話だからです。
この映画が公開された昭和30年代の半ば過ぎは、時代劇に新風が
吹き込んだ時代だったようです。
それまでの時代劇はというと、『旗本退屈男』のような型どおりの殺陣と
勧善懲悪が売りの“チャンバラ映画”が主流でしたが、このころからリア
リズムを追究した社会派ドラマのような時代劇が盛んに作られるように
なったのです。これもその1本。しかも傑作。
この作品で怪演を見せてくれるのは、津雲半四郎という初老の浪人者
に扮する仲代達矢と、大名家の家老役の三國連太郎の2人。2人とも
日本人には珍しく『目ぢから』のある俳優さんです。
これを書くために年齢を調べてビックリしたんですが、
撮影当時、仲代達矢はまだ俳優座の劇団員で、年齢は29才(三國は
39才)!てっきり40代だろうと思って見てしまいました。若いにも関わ
らず齢を重ねた役を見事に演じきっていたんですね。
寛永年間。三代将軍家光の治世下、江戸幕府の基礎が盤石になり、
武士がサラリーマン化した時代。武士が武士らしく生きられなくなった
時代のこと。
一見、太平の世のように思えるこの時代に、幕府は藩の取りつぶしを
盛んに行っていました。だから巷には職をなくし困窮にあえぐ侍=浪人
たちが溢れかえってもいたのです。
これは、そんな時代ならではのお話。
あるささやかなジャパニーズドリームの噂が巷に広がったのです。
世をはかなんだある浪人が大名屋敷へ出向き、せめて武士らしく切腹
して果てたいので玄関先を貸してくれと申し出た。するとその大名、
「近ごろ珍しい気骨のある武士である」と褒めてその浪人を召し抱え
扶持を与えたというのです。
この噂が広がったため、我も我もと食い詰め浪人が大名屋敷にやっ
てきては、切腹すると称して体面を重んずる大名家から幾ばくかの
金銭をもらって帰るというたかり事件が横行。
それを苦々しく思っていた彦根藩井伊家の家老・斎藤勘解由(三國連
太郎)は、またぞろやってきた若い浪人に、その言い分通りに庭先を貸
し、切腹の許可を与えます。
慌てたのは浪人です。一両日待ってくれと哀願しますが、勘解由は
有無を言わさず切腹を強要。しかも武士の魂である己が刀で切腹す
るがよろしいと、それが竹光であると知りながら無理矢理切腹させて
しまいます(このシーンは思わず目を背けたくなるほどリアル!)。
「これで浪人どもも懲りるであろう」
しかし、懲りない男がいた!初老といっていい年齢の浪人がまたもや
庭先を借りて切腹したいとやってきたのです。
それが津雲半四郎(仲代達矢)。なりは食い詰め浪人風ですが、身の
こなしには一分の隙もなく、これから切腹をするというのに泰然自若と
しています。
この男はいったい何者か?!
目的は本当に切腹するためだけなのか?
いよいよ仲代半四郎と三國勘解由の火花散るか
けひきが始まりますが、それは見てのお楽しみ。
心理学では嫉妬心を「エンヴィー」と「ジェラシー」の2つのタイプに分
けています。
「エンヴィー」は妬みや嫉妬から生まれる心理。
「ジェラシー」は自分の大切なものが誰かに奪われないか、損なわれ
ないかと警戒することから生まれる心理。
この映画では、大身の三國勘解由が貧乏侍の仲代半四郎にどんどん
ジェラシーを感じていくところが見どころのひとつ。
琵琶の音をとても効果的に使った武満徹の音楽も特筆ものです。