映画の心理プロファイル

『七人の侍』(1954 日)


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(207分)
監督:黒澤 明
脚本:黒沢 明・橋本 忍
音楽:早坂文雄
出演:三船敏郎 志村 喬 加藤大介 木村 功 千秋 実 宮口清二 稲葉義男


不朽の名作、娯楽超大作、日本映画の金字塔・・・と、
様々な表現で賞賛されている映画ではあるけれど、
実はこれが個人的にはあまり好きになれない映画の1本なのです。 

もしかして、自分にみる力がないせいで誤解しているのかと思って、
先日NHK-BS2でやっていたのを改めて観てみたんだけど、
やっぱり・・・・好きになれなかった。

名作であることを否定するつもりはないし、設定やキャラクターも秀逸。
シーンによっては思わず画面に引き込まれちゃうんだけど・・・。

好きになれないのは、みる能力の問題というより、生理的な問題が多々あるせいのようです。

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まず、やっぱり長すぎるんだよな。どんなに面白くても、3時間半は拷問に近い(^^;。
この内容なら2時間・・・、せめて2時間半に納めて欲しかった、というのが正直な思いデス。

その上、台詞が聞き取りにくい
これもまた苦痛以外のなにものでもない。映画が長いからなおさらだ。

評価されるべき勘兵衛の野武士殲滅法も生理的に受けつけないものの一つでした。
野武士を一騎ずつ村に誘い込んで、農民たちに寄ってたかってなぶり殺しにさせるんだもん。
それが1回ならまだしも何度も繰り返されるので、生理的にね、つらかった(^^;
(竹槍の先を見ると、献血の時のぶっとい注射針を想像してゾッとするのであります^へ^;)

そんな策士・勘兵衛が残った13騎を何の策もなく村に入れてしまうのも合点がいかないんだなぁ。
策士なら、脅威となる馬の能力を減じる方策をとるはずだもの。
たとえば、村の道をぬかるみにして脚力を落とすとか。縄を張って落馬させるとか。

それ以前に、飢餓状態になっている野武士達がなぜ馬をつぶして食糧にしなかったのか。
馬だけは沢山いたみたいなのに。
黒澤監督みたいにリアルを追求するなら、馬を食糧にする文化のある国だから、それをして当然なのにな。

飢餓状態ならあの猪突猛進ぶりもわかるけど、野武士たちの策のなさといったら・・・・。
あれだけ仲間が減ったら、普通なら危機感を覚えて何か策を講じるだろうに(二百三高地とかガダルカナル島の玉砕とかの日本軍の無策ぶりが監督の頭にあったのかしらん)。

・・・途中割愛^^;・・・

そして、感動的なはずのラストシーンの名台詞、
「勝ったのは我々ではない、百姓たちだ」
あの台詞を、今更ながらしたり顔でいう勘兵衛がまた生理的に受けつけないんだな。
あれを勘兵衛が言っちゃったら、死んだ4人が浮かばれないような気もするし・・・。

基本的に、〈娯楽作=カタルシスをいっぱい味わわせてくれる映画〉だと思っているので、
カタルシスを得にくい娯楽映画は、巨匠の作品といえども点数が辛くなってしまうのでした(^^;




とはいえ、昭和29年といえば舞踊のようなチャンバラ映画全盛の時代だものね。
その時代にこのリアリティあふれる群闘劇を作ったのはやっぱりスゴイ♪

それに、この予告編のバックに流れるテーマ曲は、
出だしのとろこなんかスターウォーズのダースベーダーの登場曲にそっくり!
(表現の仕方が逆?^^;)
この映画が、のちの映画を志す人たちに多大なる影響を与えたことは確かだね♪
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by kiyotayoki | 2008-09-09 10:48 | 映画(さ行)