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映画の心理プロファイル

ポール・ニューマンとジェームズ・ディーン

ポール・ニューマンの死去に関して、
Peninsulaさんが
本国アメリカでの追悼番組ではジェームズ・デイーンとの白黒オーデションフイルムも流されたと教えてくれました。
(表記に従ってジェームズって書いたけど、子供の頃はジェームスっていってたような。
 ロイ・ジェームスって人もいたし(古っ^^ゞ。
 英語だと語尾を日本語みたいにあまり強く発音しないから気にならないんだろうけど、
 日本語にすると、ズとス、気になるなぁ^^;)

どんなものだろうと思って、YouTubeで探してみたら、発見!
ふうむ、こんな珍しい映像が残っていたんだね♪



これはポール・ニューマンとジミー・ディーンが
『エデンの東』(1954)の配役審査でスクリーンテストしたときの映像なのだそうな。
2人は、NYのアクターズスタジオの同期生だったんだね(&マーロン・ブランドも)。
ただし、年齢はディーンのほうが6つ若かったんだな(ってことは、生きていれば77歳!)。

2人とも、若者らしく才気と野心にあふれてる感じ。
残念ながらニューマンはこの時、ディーンの双子役を逃したらしいんだけど、
それを知ってこの映像を見ると、あわよくば主人公を食ってやろうって意欲が
逆に災いしちゃったのかなぁ・・・って思ってみたり。
でも、役を逃したからこそ、その後の活躍があったんだろうしね。
人生、何が転機になるかわからないものです。



最晩年のインタビューで、これ聞くの勇気がいったと思うけど(^^;、
「墓碑銘には何と?」と尋ねたインタビュアーに、ニューマンは、こう答えたそうだ。

"I was part of my times." (私は自分の時代の一員だった)

こんなカッコイイこと、さらりと言えるようになりたいけど、なぁ(^~^ゞ







豆酢さんのところで教えてもらったんだけれど、
ポール・ニューマンの実質的なデビュー作『傷だらけの栄光』(1956)は、
元は前の年に亡くなったディーンがキャスティングされていたんですってね。


ニューマンはディーンの分も生きたんだな。


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by kiyotayoki | 2008-10-03 09:31 | 備忘録