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映画の心理プロファイル

カテゴリ:映画(は行)( 139 )

『ベストフレンズ・ウェディング』(1997 米)

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原題:『MY BEST FRIEND'S WEDDING』(104分)
監督:P・J・ホーガン
出演:ジュリア・ロバーツ
    ダーモット・マローニー
    キャメロン・ディアス
    ルパート・エヴェレット

おかま(ゲイ)の人っていうと、「早口」「毒舌」というステレオタイプなイメージ
が勝手に出来上がっちゃってますが、この映画に登場するゲイの男性は
それとは正反対。物腰柔らかで優しく耳元て囁いてくれるようなタイプです。
あなたが女性で、ゲイの友人が持てるとしたら、さて、どちらを選ぶでしょうね。

ジュールス(J・ロバーツ)はニューヨークで働くシェフたちを戦々恐々とさせて
いる新進料理評論家。仕事が忙しくて恋は二の次。だから、変な気をつかわ
なくてすむゲイのジョージ(R・エヴェレット)はとても頼りになる、そして都合の
いい男友達でした。ジョージは彼女の本の担当編集者なのです。

そんな彼女にシカゴに住む元彼のマイケル(D・マローニー)から電話がかかっ
てきます。別れた後も親友(ベストフレンド)として連絡は取り合っていたし、
「28までお互い独身だったら結婚しよう」と約束していた相手だけに、28歳の
誕生日を3ヶ月後に控えたジュールスとしてみたら、心ときめく電話でした。
ところが電話の内容は、
「4日後に結婚する。不安で眠れないんだ。シカゴに来てくれない?」
というもの。
電話を切ってすぐジョージに電話したジュールスは彼にこう宣言します。
「シカゴへ行って彼を取り戻す。そして結婚するわ!」
ジュールスの心に『リアクタンス(心残り)』の心理が芽生えたんですね。
「逃がした魚は大きい」とよくいいますが、手を伸ばせば届くところにいると
思っていた彼が、急に手の届かないところに行ってしまうと、とても大切な
ものを失うような気がして、なんとしてでも取り戻したくなるのです。

意気込んでシカゴに乗り込んだジュールス。
でも、いきなりカウンターパンチをくらってしまいます。
マイケルと一緒に空港に迎えに来た婚約者のキム(C・ディアス)から
「嬉しい!お姉さんができたみたい。ねえ、私のブライド・メイド(付添人)を
お願いしていいかしら。あなたに私の新しい親友になって欲しいの」
と、懇願されてしまったのです。
恋人を奪い返しに来たのに、なんと2人を祝福する役をあてがわれてしまった
わけです。

まあ、ジュールスは自ら不利な立場に自分を置いてしまったんですから、
仕方のない展開だったのかも。
『ホームグラウンド効果』というのをご存じでしょうか。
これは、「自分のならばりなら心理的に優位に立てる」という心理法則です。
野球でもサッカーでもホームグラウンドで闘ったほうが勝率かいいもの。
それは、なじみの場所だけに、相手より心理的に優位に立てるからです。
恋を自分のペースで運びたいのなら、初めての店より、行きつけの店を選ぶ
べし。これは恋の心理法則でもあります。
なのにジュールスは、敵地であるシカゴへ乗り込んでしまったのです。
味方は、ゲイの友人ジョージだけ。
さて、このハンディキャップを乗り越えてジュールスは、大金持ちの令嬢で、
年齢も20歳そこそこの若いピチピチ娘から元彼を取り戻すことはできるので
しょうか。

 ※なお、この映画で心優しきゲイを演じているルパート・エヴェレットは、実
  生活でも自分がゲイであることをカミングアウトしているんだそうです。  
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by kiyotayoki | 2004-09-25 08:59 | 映画(は行)

『プリシラ』(1994 豪)

原題:『THE ADVENTURES OF PRICILLA . QUEEN OF THE DESERT』
   (103分)
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監督:ステファン・エリオット
出演:テレンス・スタンプ
    ヒューゴ・ウィーヴィング
    ガイ・ピアーズ
    ビル・ハンター

真夏のオーストラリア・シドニーで毎年開催されるお祭りがあります。
『マルディグラ』というゲイとレズビアンの祭典がそれ。
はではでメイクときらびやかな衣装の集団がお色気と芳香をふりまきながら
街を闊歩するんですから、これは見もの。

この映画の主役も『マルディグラ』に出たらひときわ目立ちそうな3人のドラッグ
クィーン。夜ごとド派手なステージで観客を沸かせている3人ですが、化粧を
落とせば生身の人間。それぞれに人生があり悩み・苦しみを抱えています。

お話は、バイセクシャルのミッチ(『マトリックス』のエージェント・スミス役、H・ウ
ィーヴィング!!)に1本の電話がかかってくるところから始まります。
電話の主は元妻。元妻はオーストラリア大陸の真ん中あたりにある町アリス
スプリングスのホテルでマネージメントの仕事をしていて、そのホテルで
ショーをしてくれないかと依頼してきたのです。

ある思いを秘めて仕事をOKしたミッチは、恋人を亡くしたばかりのベルナデッド
(『コレクター』のT・スタンプ!!当時55歳!)とステージの相方フェリシア
(『メメント』のG・ピアーズ!!)を誘って、中古のバスで旅に出ます。
目的地までの距離3千余キロ。さすがにオーストラリアは広い!
その旅で、3人は様々な出会い、別れ、挫折を経験します。けれど、決して
日本映画のように陰湿にならないのは、途中でピンクに塗り替えられたバス
に象徴されるようにスクリーンがカラフルに彩られているからでしょうか。
それとも、彼女たちの歌と踊りに日陰を日向に変えるパワーがあるから?

この作品に限らず、『性同一性障害』を扱った作品には人を惹きつける何か
があります。なぜ魅力を感じるのでしょう。
その要因のひとつは、誰もが持つ『変身願望』を刺激するところにあるのかも。
フロイトと並ぶ深層心理学の大家ユングは、
「人は誰でもペルソナ(仮面)をつけて暮らしている」といいます。
『ペルソナ』とは、簡単に言えば、生きるのに都合がいいように自分でつくり上
げた『外面(そとづら)』のこと。
自分でつくり上げたものなのに、それが顔に貼り付いて取れなくなっちゃうと
息苦しくなります。人間、たまには別のペルソナをつけたくなるのです。
それを一時的に可能にしてくれるのが“化粧”です。
個人的な思い出ですが、20代の頃、お祭りに参加するのに派手なメイクを
してもらったことがあります。最初は気恥ずかしかったんですが、そのメイクの
おかげで普段の自分では考えられないくらい大はしゃぎしたことを覚えてい
ます。そして、鏡に映る変身した自分の顔を見てうっとりしたことも・・・(' ';)。
そういう経験は、化粧経験豊富な女性なら誰もがしていることでしょう。
見た目が変わると、人間って気持ちも変わるもの。
化粧をすることで、心の中に抑圧していた何かが表に出てくるのです。
ってことは、自分がどんな感情を抑圧しているか知りたければ、化粧をすれば
いいってことかな(コスプレもいいかも)。

“彼女”たちは、ド派手なメイクと衣装を身につけることによって、抑圧していた
ものを大放出できている。そういう彼女たちを見ていると、カタルシスを覚えるし、
なんだかうらやましくもなっちゃうんでしょうね。
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by kiyotayoki | 2004-09-24 09:32 | 映画(は行)

『ホワイト・オランダー』(2002 米)

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原題:『WHITE OLEANDER』(109分)
監督:ピーター・コズミンスキー
原作:ジャネット・フィッチ(『扉』)
出演:アリソン・ローマン
    ミシェル・ファイファー
    レラー・ゼルウィガー

アストリッドという名の少女(A・ローマン)が強い母親(M・ファイファー)から
いかに自立したかを描いたヒューマンドラマ。
母一人子一人という家族形態はアメリカじゃありがちなんでしょうね。それだけ
に感情移入する人も多かったんでしょう、原作は全米でベストセラーになった
そうです。

アストリッド役のアリソン・ローマン(当時23歳)は、『マッチスティック・メン』
(2003)でもティーン・エイジャーを演じていましたが、この作品でも15歳の
役。幼顔が売りの女優さんなんでしょうか。

父親という存在を知らずに育ったアストリッドにとっては、美しいけれど独善的
で支配的な母親だけが世界のすべてでした。
タイトルの『ホワイト・オランダー』は白い夾竹桃という花の名。それは美しく
あるために毒を放つ花なのだそう。つまり、ホワイト・オランダーには母親
イングリッドの姿が投影されているんですね。
そのイングリッドが、ある日突然、殺人容疑で逮捕されてしまいます。
青天の霹靂。
その日から、未成年のアストリッドは里親の家を転々とすることになります。
転々しとしたのは、何もアストリッドがワガママだったからではありません。
どの里親も、終身刑で刑務所に収監された母イングリッドのお眼鏡にかなわな
かったから。
刑務所に入っからも、母は娘の人生をコントロールしていたのです。
娘の幸せを願う母ならば、陰ながら里親の家に根づくサポートをしてくれても
いいはずなのに、イングリッドがするのは邪魔ばかり。
なぜ?

母親から見た娘は可能性の塊です。娘は日々美しくなっていく。それにひき
かえ自分は歳をとるばかり、衰えていくばかり。だから母親は娘に嫉妬しや
すいのです。
アメリカの精神科医コーエンによると、母親の娘への嫉妬は次のような形で
現れるといいます。
●娘の自由を束縛し、自主性を摘み取る
●長所をほめず、欠点ばかり指摘する
●男は警戒すべきと教える
●職業的に自立できる教育を受けさせたがらない

「あんたのためなのよ」と口ではいいながら、実のところは娘を自分がいない
と何もできない操り人形に仕立てていくのです。
このような母親に育てられた娘は、引っ込み思案で依存心が強く、社会的な
成功を望まない性格になるといいます。
実際、アストリッドもそうでした。

この記事を読んでくださっている女性の方の中にも、母親の嫉妬を感じたこと
のある人(あるいは娘に嫉妬した人)って案外多いのかもしれませんね。
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by kiyotayoki | 2004-09-22 07:32 | 映画(は行)

『パイレーツ・オブ・カリビアン』(2003 米)

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原題:『PIRATES OF CARIBBEAN』(143分)
監督:ゴア・ヴァービンスキー
製作:ジェリー・ブラッカイマー
出演:ジョニー・デップ
    オーランド・ブルーム
    キーラ・ナイトレイ
    ジェフリー・ラッシュ

言わずと知れた2003年の大ヒットムービーです。

17世紀、カリブ海では大海原を我がもの顔に荒らし回る海賊たちと、それを
取り締まるイギリス海軍とが日々刃や砲火を交え、火花を散らしていました。

総督の娘エリザベスは取り締まる体制側にいながら、海賊に憧れを抱く
少女。貴族の娘としてカゴの鳥同然に育った少女の目には海賊は自由の
象徴のように映っていたのかもしれません。

父とイギリス海軍の戦艦に乗っていた幼き日のエリザベスは、洋上を漂う
板きれの上に少年の姿を発見します。
助け上げられた少年の胸にはドクロマークの入った黄金のコインがぶら下
がっていました。それを見つけたエリザベスは咄嗟に隠してしまいます。
ドクロは海賊のマーク。ならばこの少年は海賊の仲間に違いない。それが
大人たちにわかったら彼の命が危ない!そう直感したからです。

以来、大人になった今日まで、エリザベス(K・ナイトレイ)はそのコインをためつ
すがめつ大切に保管していました。
そして、今は成長して鍛冶屋になっている若者ウィル(O・ブルーム)にはずっと
密かに思いを寄せ続けていました。
だから、総督である父親が提督昇進の決まっている海軍将校を結婚相手にと
奨めても、首を縦にふることはありませんでした。

『ハロー(後光)効果』という心理用語をご存じでしょうか。
美人は、外見が素敵なたけでなく、性格もいいに違いないと思われがちです。
また、高学歴の人は、知能が高いだけでなく、生活力も将来性もあると思われ
がち。
このように、その人のある特徴的な一面の印象が強すぎる(まぶしく輝いている)
と、それに幻惑されて他の面もみな同様に輝いていると判断する傾向が人には
あるのです。
当時の並の女性なら、提督に昇進する海軍将校と聞けば、それだけでハロー
効果が働いて、その人のすべてが素敵に見え、恋心を燃やしたことでしょう。
けれど、エリザベスはそうじゃなかった。
海賊=自由に憧れるエリザベスにとっては、高貴な身分は不自由の象徴。
だからハロー効果はまるで効きません(ハロー効果はマイナスにも働くので、
マイナス方向にはとてもよく効いていたと言えますが)。
エリザベスの目にまぶしく映っていたのは、ドクロのメダル。そしてそれを身に
つけていたウィルでした。だから、大して会話を交わしたこともなかったウィルに
恋心を燃やし続けてこれたんですね。

お話は、そのメダルを中心に転がり始めます。
メダルを奪おうとするキャプテン・バルボッサ(J・ラッシュ)率いる呪われた海賊
たちにエリザベスは連れ去られます。エリザベスに恋心を抱いていたウィルは、
彼女を助け出すため一匹狼の海賊ジャック・スパロウ(J・デップ)と手を組み
海賊船のあとを追います。
さて、2人は無事エリザベスを救出できるのか。なぜ海賊たちはメダルを欲しが
ったのか。一匹狼のジャックはなぜウィルに協力する気になったのか。
そして2人の恋は成就するのか・・・、と様々な興味で見る者の心をわし掴みに
しつつ物語は展開していきます。

この映画、続編が作られる予定のようですが、そうなるとちょっと気がかりなこと
が。エリザベスはハロー効果でウィルに恋をしています。ウィルのすべてが輝い
て見えているわけ。でも実はウィルのことをほとんど何も知らないんですね。
実際、つき合ってみたらどうなるか。
エリザベスには海賊=自由という思い込みがあります。
でも実は、ウィルは父親が海賊であっただけで、本人は海賊とは無縁の人。
一方、ジャックはれっきとした海賊です。
ウィルと実際つき合ってみてエリザベスが幻滅を感じた場合、今度はジャックに
対してハロー効果が効きだすことは十分に考えられます。
さて、続編での恋の行方は如何に。
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by kiyotayoki | 2004-09-20 14:36 | 映画(は行)

『フォーン・ブース』(2002 米)

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原題:『PHONE BOOTH』(81分)
監督:ジョエル・シューマカー
出演:コリン・ファレル
    フォレスト・ウィティカー
    ラダ・ミッチェル
    ケイティ・ホームズ
    K・S

ニューヨーク8番街にある何のへんてつもない電話ボックス。
この映画は、ほぼその電話ボックス周辺だけで展開する
異色のサスペンススリラーです。
その電話ボックスは、主人公のスチュー(C・ファレル)が不倫相手の
パメラ(K・ホームズ)に電話する時にだけ使う特別な場所でした。

この日も、パブリシスト(有名人をメディアに露出するためにイベントや記者会見の場をセッティングする職業らしい)として
口八丁で仕事をこなしていたスチューは、いつものように例の公衆電話へ。
ボックスへ入ってスチューがまずするのは結婚指輪をはずすこと。
こんな口先男でも一応罪悪感はあるようで。
さっそくパメラに電話。でも今日はちょいと不調。あっさり諦めて電話を切り、
ボックスから出ようとすると突然電話が鳴り出します。
思わず電話に出るスチュー。それが地獄の責め苦の始まりとも知らずに・・・。

電話の男はとんでもない脅迫をしてきました。
電話を切ったら殺すというのです。
「冗談だろ」と信じなかったスチューも、ライフルの照準の赤いマークが自分の胸に当たっているのを見て
信ぜざるを得ない状況に。
驚いたのは、電話の男がスチューの仕事からプライベート、そして不倫をしていることまで知り尽くしていることでした。
そして「不倫相手に女房がいることを告白しろ」「女房に不倫していることを告白しろ」と要求はどんどんエスカレート。
ついには、電話ボックス前にある売春宿の店主を電話の男が射殺したため、
犯人と誤解されて警官隊に包囲されるはめに。
スチューは精神的にも肉体的にも袋小路に追いつめられていきます。

主人公にしてみれば踏んだり蹴ったりのお話。
まあそれもこれも自分のためには平気でウソを並べる軽薄さが生んだもの。
身から出たサビなんですけどね。
こうした虚言癖のある人には共通した傾向があります。
●虚栄心が強く、実力以上に自分を他人に見せかけようとしがち
●勝ち気で、自己中心的
●そのわりに意志が弱い
●情熱家のようで、実は冷静で冷酷な一面も

とはいえ、「ウソも方便」という言葉もあるように、適切(?)なウソは人間関係を滑らかにもします。
「ウソをつかないと人間は人間らしく生きられない」という人もいるくらい。せめて、
万が一この映画の主人公のような目に遭わないためにも、虚言癖に共通した傾向があったら、
それだけは減らす努力をしたいもんです(自戒をこめて^^;)。
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by kiyotayoki | 2004-09-16 10:32 | 映画(は行)

『冒険者たち』(1967 仏)

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原題:『LES AVENTURIERS』(110分)
監督:ロベール・アンリコ
原作:ジョゼ・ジョヴァンニ
作曲:フランソワ・ド・ルーベ
出演:アラン・ドロン
    リノ・ヴァンチュラ
    ジョアナ・シムカス

派手なアクションシーン満載の映画かと思わせるタイトルですが、
実のところは固い友情で結ばれた2人の男と、ひとりの美しい女性との軽やかで
ちょっぴり危うい三角関係(スリーサム)が織りなす良質のセンチメンタル・ムービーです。

マヌー(A・ドロン)は曲芸飛行が得意な操縦士。
ローラン(L・ヴァンチュラ)は腕利きのメカニック。
2人はそれぞれの立場で同じ夢とロマンを追う良き友。
そんな2人の前にひとりの美しい女性が現れます。彼女の名はレティシア(J・シムカス)。
鉄くずから作品を創り出すアーチストの卵。

夢破れ、それでも夢を追うマヌーとローランは自分たちの夢実現のための資金稼ぎにアフリカのコンゴ沖に沈む財宝を引き上げる旅に出ます。
もちろんレティシアも一緒。開いた個展の評判が悪くて落ち込んでいたので、気分転換にと2人が誘ったのでした。

海底が透けて見えそうな海と青く高い空。そこで3人は財宝探しという夢を追いながら、
日常に縛られた私たちから見れば夢のような日々を送ります。

『スリーサム(threesome)』モノの名作というと、
トリュフォーの『突然炎のごとく』(1961)が有名ですが、
個人的には『明日に向かって撃て!』(1969)のブッチとサンダンスとエッタの3人の関係が
“いい感じ”だったかな。
もちろん、この映画のマヌーとローランとレティシアの関係も“いい感じ”。

なぜ“いい感じ”なのかといえば、3人がセックスの介在しない、プラトニックな恋をしているからでしょうか。
そんな恋ができるのも、マヌーとローランがいい歳をした大人なのに純な少年の心を失っていないから。
もちろん、どちらかがレティシアに積極的な行動をとれば、3人でつくり上げたせっかくのいい関係も、そして友情さえも崩れ去ってしまう。だったら今のままでいい・・・。レティシアも同じ思いであれば、案外長続きするんです、こういう関係って。

そんな人と人の距離の取り方を『ヤマアラシのジレンマ』という寓話で説明した人がいます。
ドイツの哲学者ショーペンハウエルです。
2匹のヤマアラシはお互いの孤独を慰め合うために抱き合おうとしても、互いのトゲ(エゴ)のためにくっつくことができない。だからヤマアラシは仕方なく互いに傷つかない距離でお互い慰め合おうとする。
それは「傷つくことを恐れる」男女の距離にも当てはまるというのです。

マヌーとローランとレティシアも、自分、そしてそれぞれが傷つかないでいいように、友達以上恋人未満の関係を続けようとしたのでしょう。
そんな関係を続けることは、ある意味、3人にとって内なる『冒険』だったのかもしれません。

考えてみると、他人との距離の取り方って難しいもの。相手が気になる異性であればなおさらです。
あなたも相手との距離の取り方で悩んだこと、何度もあるのでは?

さて、マヌーとローランとレティシアは・・・・。
夢がいつか覚めるように、3人の微妙な関係も終わるときがやってきます。
それも突然に・・・。
予兆はありました。レティシアがローランに告白したのです。
「この旅が終わったら、私、あなたと暮らしたい」
「俺と?」
若いマヌーではなく自分を選んだレティシアを驚きの表情で見返すローラン。
「だけど、・・・マヌーは?」
どこまでも友を第一に思うローランに、レティシアは返す言葉を持っていませんでした。
悲劇が起きたのはその直後のこと・・・。

これ書き終えたら、その辺りのところから久しぶりに見てみようかな。
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by kiyotayoki | 2004-09-12 10:18 | 映画(は行)

『普通じゃない』(1997 米)

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原題:『A LIFE LESS ORDINARY』(103分)
監督:ダニー・ボイル
出演:ユアン・マクレガー
    キャメロン・ディアス
    ホリー・ハンター
    デルロイ・リンドー
    イアン・ホルム

イギリスの俳優さんが多いなと思ったら、ダニー・ボイルって「トレインスポッテング」の監督さんだったんですね。
どおりでちょっとオフビートなロマンティックコメディに仕上がっています。 

主人公のロバート(E・マクレガー)は小説家を夢見る青年。
でも現実は厳しく、今の職業は大企業のビルの清掃人。
ところが清掃にロボットを導入することになり、ロバートはあえなくクビ。
それに抗議するためロバートは社長室に乗り込みますが、あっという間に警備員に取り囲まれ、たまたま居合わせた社長令嬢セリーン(C・ディアス)を人質にとって逃げ出すハメに。

とまあ、ひょんなことから誘拐犯になってしまったロバートは、一筋縄ではいかないワガママお嬢様に振り回されながらも、
誘拐犯の務めを果たすために社長に身代金を要求します。
お話は、これに天からつかわされた男女の天使コンビが絡んで、こけつまろぴつ恋の大団円に向かって突き進んで行きます。

それにしても夢見る青年ロバートには、超ワガママお嬢様セリーンは荷が重すぎました。
せっかくロバートが作った手料理はなんだかんだと文句を言って手をつけないし、身代金の要求の仕方にまでダメだしをする。
おまけに酒の飲み比べでも口論でもロバートを簡単に負かしてしまいます。
たとえばこんな感じ。
「もし私が歯科医の彼と寝たとしてもなたに何の関係があるの」
「う・・・・」
「私たちの間に何かある?」
「・・・もしかしたらいい関係になれるかも」
「じゃ、どうしたいの、私にプロポーズでもする?」
「そんなこと・・・」
「考えてたくせに」
「・・・ちょっとね」
「ほらね、やめて!」
「わ、わかった、しないよ」
こんな具合ですから、ロバートは自分がどうすればいいのか、
彼女に対する自分の気持ちをどう整理すればいいのかわからなくなってしまいます。
心理学的に言えば、彼は『ダブルバインド(二重拘束)』状態になってしまったのです。
人は「好き」と「嫌い」という矛盾した情報を与えられると、混乱して思考停止(お手上げ)状態に陥りがちなのです。
この心理状態は、恋人に暴力をふるわれても別れられない人の心理と同じ。
暴力をふるわれても、翌日「悪かった、俺はお前がいないとダメなんだ」と平謝りされると、
相反する相手の感情に拘束されてどうしていいのかわらなくなり、ずるずると関係を続けてしまいがちなんですね。
一方、セリーンのほうもちょっと屈折しています。
ロバートのことを好きになってるのに、素直に好きと言えず、かえっていじめてしまうのです。
そんな心理を『反動形成』といます。好きな女の子のスカートをめくっちゃう男の子の心理と同じかな。

そんな2人の恋の行方は、さて如何に。
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by kiyotayoki | 2004-09-04 09:11 | 映画(は行)

『ひまわり』(1970 伊)

原題:『I GIRASOLI』(107分)
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監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
音楽:ヘンリー・マンシーニ
出演:ソフィア・ローレン
    マルチェロ・マストロヤンニ
    リュドミラ・サベリーエワ

『ニューシネマ・パラダイス』に続いて伊映画の秀作です。
衛星でやっていたので、超がつくほと久しぶりに再見。
シベリアの大地を埋め尽くす“ひまわり”と、H・マンシーニの物悲しいメロディは
観た当時の印象そのままでしたが、物語自体は随分違う印象を受けてしまいました。
30年以上経って、観る側の心がスレてしまったのか、当時の社会情勢や興味深いイタリア人気質などに
気をとられて素直に感動できなかった、というのが正直な感想。

戦争によって引き裂かれた夫婦の悲哀を描いたメロドラマです。
ナポリ生まれの情熱的な女ジョアンナ(S・ローレン)は、ソ連のシベリア戦線に送られたまま
帰って来ない夫アントニオ(M・マストロヤンニ)の行方を必死に探しますが、役所では埒が明かず、
ついに自分でソ連へ向かいます。
けれど、手がかりは戦地から送られてきた写真一枚っきり。
徒労の日々が続きますが、ある日、ついにその苦労が報われます。
写真の人物に心当たりがあるという女性が現れたのです。
喜んで案内された家を訪ねてみると庭で洗濯物を取り込んでいる女性の姿が。
ジョアンナの顔に不安の影が宿ります。
不安は的中。やっと探し当てた夫はシベリアの片田舎で別の女性(L・サベリーエワ)と結婚し、娘までもうけていたのです。
列車で仕事先から戻ってきたアントニオ。
生きた彼の姿を見、彼も彼女の存在に気づいたその時、ジョアンナは走り始めた列車に飛び乗ってしまいます。
絶望と怒り、そして家庭を築いている彼の立場を慮っての、彼女としては精一杯の行為でした。

この映画で印象的なのは、やはりタイトルにもなっている“ひまわり”です。
映画の作り手は“ひまわり”にどんな思いを託したかったのでしょうか。
いろんな見方があるでしょうが、ここでは色彩心理学の観点から見てみましょう。
ひまわりの黄色は「希望や願望などへの自己欲求が押さえきれずに外へ向かっていこうとする状態」を表す色。
とすると、無数の戦死者が埋まったシベリアの大地を黄色に染めるひまわりは、戦争のない世界を希求しているのかも。
また、エンディングに画面を埋め尽くすひまわりは、ジョアンナとアントニオがそれぞれの家庭のために
心の奥に押し込めてしまった相手への想い(叶うものなら二人で未来を築いていきたいという想い)を
その色で代弁していたのかもしれません。
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by kiyotayoki | 2004-08-22 10:13 | 映画(は行)

『花嫁のパパ』(1991 米)

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原題:『FATHER OF THE BRIDE』(105分)
監督:チャールズ・シャイア
出演:スティーヴ・マーティン
    ダイアン・キートン
    マーティン・ショート

スペンサー・トレイシーの味のある演技が堪能できる名作『花嫁の父』(1950)
のリメイク作品です。今回、S・トレイシーに代わって花嫁の父を演じるのは
『ロンリー・ガイ』で茶目っ気たっぷりの演技を披露したスティーヴ・マーティン。
お話は、ローマに留学していた娘が一時帰国早々に結婚宣言するところから
始まります。
面食らう父を尻目に娘は婚約者とアツアツデレデレ。
妻(D・キートン)はといえば結婚に大乗り気で大はしゃぎ。
ひとり蚊帳の外に置かれた観のある主人公は、婚約者の男に
「もうお父さんと呼んだほうがいいでしょうか」と問われて、
「まだ早すぎる」と答えるのが精一杯。

そんな父親の気も知らず、娘は恋人を連れてドライブへ。
父親は大切な娘を気遣って「シートベルトを忘れずに」と言おうとします。
ところが彼の口から出てきた言葉は、なんと
「コンドームを忘れずに」!
あわてて言い直すものの、娘には軽蔑され、妻には呆れられる始末・・・。

さて、こうした言い間違いはなぜ起こるのでしょう。
精神分析の祖フロイトは、
「本人が意識している意図と無意識の意図が衝突するために起きる」
と考えました。
無意識の意図のほうが大きなエネルギーになると、意識のエネルギーを
押しのけて自分の意志とは関係ない言葉や抑圧していたホンネがポロリと
出てきてしまうというのです。
心理学ではフロイトの名をとって『フロイディアン・スリップ』と呼ばれています。

父親は娘を気遣って、運転をするならシートベルトを忘れずにつけてほしいと
思っていました。けれど、ホンネの部分では「嫁入り前なんだから妊娠だけは
してくれるな」と強く願っていたのでしょう。その思いは抑圧していたものの、
そのエネルギーは本人の想像以上だったんでしょうね。
だから、思わずポロリと「コンドームを」というホンネが口から飛び出しちゃった
というわけ。

こうした言い間違いは、ドラマではよく使われます。登場人物のホンネを
ストレートに、でも嫌みなく視聴者に伝えることができるからです。映画にも
ちょくちょく出てくるので、注意してご覧になってみてください。
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by kiyotayoki | 2004-08-19 12:42 | 映画(は行)