映画の心理プロファイル

カテゴリ:映画(は行)( 139 )

『ハンナ』(2011 米)

『ラブリー・ボーン』(2009)のシアーシャ・ローナンの成長ぶりが見たくて映画館へ。

前作では、異常な殺人鬼に無残に殺された被害者を演じた彼女だけど、
本作では立場が逆転、無垢な殺人マシーンを演じております。

監督は、シアーシャの映画デビュー作『つぐない』(2007)を撮ったジョー・ライト。
へぇ~、ライト監督、文芸作だけでなく、こんな作品も撮るんだ。

a0037414_2123234.jpg

原題:『HANNA』(111分)
監督:ジョー・ライト
原案・脚本:セス・ロクヘッド
音楽:ケミカル・ブラザーズ
出演:シアーシャ・ローナン
    エリック・バナ
    ケイト・ブランシェット

映画は、極北に近いフィンランドの凍りついた大地からスタート。
シアーシャ扮するハンナは、元CIAの工作員の父と二人っきりで過酷な大自然の中で暮らしている。
ただ漫然と暮らしているわけじゃない。幼い頃から父にサバイバルと様々な戦闘術の鍛錬を受け続け
殺しのテクニックに磨きをかけてきたたハンナ。その能力は今や父を越えるほど。
二人の関係は、親子である前に師弟なんだね。古代ギリシャのスタパルタの親子、現代なら星一徹と飛雄馬みたいな(^^ゞ

ハンナがなぜ、そんな修行を強いられてきたのか。
それには父親がかつて属していたCIAの暗部が関わっておりました。
CIAの暗部、殺しのテクニックを磨いた戦闘員というと、どうしてもボーン・シリーズを思い出してしまうけれど、
映画を観たら、ハンナというキャラクターは、まさに女版ジェイソン・ボーンを意識して作られたんだなと誰もが思うはず。
似たシーンや似た展開も多々あるしね。
フィンランド、モロッコ、スペイン、ドイツとダイナミックに場面展開していくところなんかもそっくりだ。

だけどそれじゃ二番煎じになっちゃう。
それが良くも悪くもそうならなかったのは、ハンナがジェイソン・ボーンと違って16歳の女の子だったから。
殺人マシーンに育てられたといっても、年頃の女の子に変わりはないのだ。
しかも、戦闘能力以外は、複数の外国語とグリム童話しか知らない、ある意味純粋無垢な女の子だ。
(あっ、ボーンも記憶をなくしていたから、ある意味純粋無垢なんだったっけ)
そんなハンナに、透けるような金髪と白い肌、繊細な風貌のシアーシャはしっくり馴染んでいた感じ。

a0037414_1582152.png

何の娯楽もない山小屋の生活でハンナの唯一の慰めは大判のグリム童話の本だけだった。
たぶん、それが亡き母との唯一のつながりだったんだろう(それと3分間写真で撮られた母の顔写真)。

その本で気づくべきだったのだろうけど、この映画、ハードなアクション映画のようで、
その実ファンタジーの顔も持つ映画でありました。

ちょっと前に「本当は恐ろしいグリム童話」みたいなタイトルの本が話題になったことがあった。
グリム童話は実はかなり残酷な内容が含まれているのだけれど、あまりに刺激的過ぎるので翻訳の段階で
その部分は削られているんだよ~、というアレだ。
この映画は、その残酷な部分、刺激的な部分を逆に強調したファンタジーともいえる映画なのだ。

まあ、たとえて言えば、小びとたちによってひそかに守り育てられていた白雪姫が、
自分の力だけで魔女(義母)に復讐するするお話とでもいうか。
考えてみると、守り育てられていた地、フィンランドはサンタクロースの故郷でもあるものね。
スタートもおとぎ話的ではあったわけだ。

ケイト・ブランシェットの怪演もこの映画のハイライトだ。
過去の非人間的な任務が明るみに出ないようにハンナを抹殺しようとする冷徹なCIA捜査官マリッサを演じているのだけれど、
鼻にイボはついていないけど、まさに魔女然とした役なんだなこれが。

一方、白雪姫を守るほうの“父”を演じたエリック・バナは、うーん、
ジェイソン・ボーンなんかのスピーディな格闘シーンなどを見慣れているせいか、とっても体が重そうに見えた。
そんなエリック・バナのアクションに象徴されるように、
ボーンシリーズのような展開を期待するとちょっと肩すかしをくらうかもしれないな、この映画。
ハードアクション風ファンタジーとして観れば、シアーシャ・ローナンの魅力もあって結構楽しめるんだけどな。

a0037414_7515276.jpg


a0037414_7521615.jpg

[PR]
by kiyotayoki | 2011-09-10 07:55 | 映画(は行)

『ペネロピ』(2006 英・米)

久しぶりにテレビの周りを掃除したら、テレピ台の下から一枚DVDが見つかった。
長らくそこにあったらしく、ケースは埃をかぶってた(^^;。

デッキに入れてみたら、録画されていたのはこの映画だった。
そうそう、前から観よう観ようと思っていたのに。ないと思ったら、こんなところにあったんだ♪

a0037414_22435998.jpg

原題:『PENELOPE』(101分)
監督:マーク・パランスキー
脚本:レスリー・ケイヴニー
音楽:ジョビィ・タルボット
出演:クリスティナ・リッチ
    ジェームズ・マカヴォイ
    キャサリン・オハラ

ご先祖様にかけられた呪いのせいで豚の鼻を持って生まれてしまったヒロインの
恋と成長を描いた現代版おとぎ話って感じのキュートな作品。

主人公のペネロピに扮するのは、豚の鼻がとってもお似合いのクリスティーナ・リッチ。
子役時代に『アダムス・ファミリー』に出た呪いかどうかは知らないけれど、
彼女がフツーの女の子の役をやったのを見たことがない(例外はTVドラマ『アリー・マイラブ』ぐらい?^^;)

なぜ、ペネロピが豚の鼻を持って生まれてきたのか。
それは、ご先祖のウィルハーン卿が下女を孕ませてしまったせい。
捨てられた下女は、世をはかなんで自殺。
そこまではありがちな悲劇だったのだけど、下女の母親が呪術を使う女(魔女)で、
「次にこの家の血筋に生まれる娘は豚になれぇ!」との呪いをかけちゃったのだ。

だけどそこは英国のお話なので、いきなりシニカルなユーモアでにんまりさせてくれる。
せっかくかけた呪いがなかなか成就しないのだ。
というのも、生まれてくる子がことごとく男児なので、フツーに生まれてきちゃう。
やっと女児が誕生するんだけど、これまたフツー。
なぁんだ呪いなんかかかってなかったの?・・・と思ったら、なんとその女児は妻が浮気をして生まれた子だったんですねぇ。
つまり、ウィルハーン家の血筋じゃないので、フツーに生まれちゃったというわけ(^^ゞ。

そんなわけで、ペネロピ誕生まで魔女の呪いは成就しなかったのだけど、生まれてきた異形の我が子を見て両親は卒倒。
ショックを受けた母ジェシカは、世間の好奇の目を遠ざけたい一心で、ペネロピを死んだことにしてしまう。
以来、屋敷から一歩も外へ出ることなく成長したペネロピなのだけど、
18歳になった彼女は母ジェシカによって見合いを強制されるようになる。
というのもジェシカは、結婚相手(ただし名家に限る)の真実のキスが娘の呪いを解いてくれると信じていたから。
白雪姫が王子のキスで死の淵から蘇るあのパターンですね。ファンタジーの王道です。

a0037414_10401034.jpg

だけど、次々と現われる求婚者たちはペネロピの顔を見た途端、恐怖に駆られて逃げ出してしまう。
チャーミングな豚鼻だから、窓を蹴破って逃げ出すほどのことはないと思うんだけどね。

a0037414_195113.jpg
そんなウィルハーン家の秘密を執拗に探っているのが新聞記者のレモン。
演じているのは、身長1m35㎝のピーター・ディンクレイジ。
欧米のファンタジー映画には欠かせない彼ら。
ただ、妖精だのドワーフだの、その他大勢の役が多いのが実状。
だけど、この映画では重い役だし、いい演技を見せてくれている。

それにしても、豚鼻の女という異形なる者を追いつめるのが、
異形の代表格であるミゼットだというのが、まあなんという因縁というか、皮肉というか。

レモンは、謎の豚女のスクープ写真を撮るために、
名家の落ちぶれた青年マックスをペネロピの屋敷へ送り込む。
さて、秘密は暴かれてしまうのか。
そして、豚鼻のペネロピに幸せな明日はやってくるのだろうか・・・。

落ちぶれ貴族のマックスを演じるのは、 『つぐない』『ウォンテッド』の若手俳優ジェームズ・マカヴォイ。
最初は金目当てだったマックスとペネロピが恋に落ちるであろうことは容易に想像がつくのだけれど、
このお話、その過程で一捻りしてあってちょっと面白い展開を見せます。
ただ、一捻りが災いしてか、少々中だるみしてしまうのも確か。
一捻りのさじ加減って案外難しいものなんだね。

そうそう途中から、リース・ウィザースプーンがやや中途半端な役で出てきて、ちょっと驚いたけど、
彼女ってこの映画のプロデューサーだったんだね。

a0037414_9574054.jpg

ペネロピにかけられた豚鼻の呪いは最後には解けることになるのだけれど、
リースのアゴにかけられた呪い(?)は最後まで解けることはありませんでした、とさ(;^^
[PR]
by kiyotayoki | 2011-08-26 13:08 | 映画(は行)

『フロント・ページ』(1974)

初っぱなから恥ずかしい話でナンだけど、
「結婚する」という意味の「wed」を使ってbe wed toって慣用句があるんだね。
で、その意味はというと「~に固執する(~に身を捧げている)」。
「結婚する」のwedに「固執する」なんて皮肉めいた意味があるなんて
調べてみるまで知らなかったので、ちょっとびっくり(;^^a

なぜ調べたかといえば、下のポスターにこうあったから。
He only wanted to get married.
But he was wed to THE FRONT PAGE.


「彼は結婚したかっただけ。ただ(残念ながら)、彼は新聞の第一面にとっても執着してたんだなぁ」
ってな意味になるんでしょうか。

a0037414_22382856.jpg

原題:『THE FRONT PAGE』(105分)
監督:ビリー・ワイルダー
原作:ベン・ヘクト チャールズ・マッカーサー
脚本:ビリー・ワイルダー I・A・L・ダイアモンド
音楽:ビリー・メイ
出演:ジャック・レモン
   ウォルター・マッソー
   スーザン・サランドン
   ヴィンセント・ガーディニア

公開されたとき以来だから、35、6年ぶりぐらいに観たことになるんだろうか。
初めて観たときは、かなり期待したものだった。
というのも、子供の頃からテレビの洋画劇場でお馴染みな上に大ファンだったビリー・ワイルダーとジャック・レモンコンビの映画を初めて映画館で観られる機会が訪れたたんだもの。
ただ、期待がちよっと大きすぎたせいか、それとも会話劇なので字幕を追うのに忙しかったせいか、
いまひとつな感じがしたのを覚えてる。
まず、ジャック・レモン(当時48歳)もウォルター・マッソー(53歳)も年をとったなぁというのが正直な感想だったし。
ワイルダー監督もお年を召して枯れちゃったかなと思ったほどだった。

だけど、今回久しぶりに見直してみたら、見始めたが最後、エンドロールまですっかり画面の虜。
目が離せなくなってしまった。
こっちがレモンの歳をとっくに超えちゃったということもあるかもしれないけれどね。
ま、それくらい楽しめたということ。

原作は、この映画を含め何度も映画化されている舞台劇だけに、場面転換は少ないものの、こなれていてよくできたお話だ。

「フロント・ページ」とは、文字通り新聞の「第一面」の意。
新聞業界に嫌気がさし、美しい女性との婚約を機に退職を目論む腕利き新聞記者ヒルディ(レモン)と、
彼をあの手この手で引き止めようとする辣腕編集長(マッソー)。
その二人の丁々発止のやり取りに、死刑囚脱獄の大ニュースが絡んで巻き起こる騒動がコミカルに、
そしてスリリングに描かれていく。

二人の息の合った掛け合いも最高だけど、プレス・ルームに待機する新聞記者達の顔ぶれがまたよくて
(記者の一人のチャールズ・ダーニングは、88歳でまだご健在のようだ)。

a0037414_5343435.gif

今回改めて観てみて、「ええっ!」と驚いたのは、レモンの婚約者を演じたのがスーザン・サランドンだったこと。
彼女を初めて見たのは『ロッキー・ホラー・ショー』(1975)だとばかり思っていたけれど、その前年にすでにスクリーンでお見かけしていたとはなぁ。

ラストは、ハート・ウォーミングなエピソードで締め括ってめでたく一件落着かと思いきや、
そうは問屋が卸さないところがワイルダー作品らしい。
これを撮った時、ワイルダー監督は67歳。だけど、“枯れた”なんてとんでもない。
ごめんなさい。前言を撤回させていただきます。

a0037414_559451.jpg


a0037414_64265.jpg

[PR]
by kiyotayoki | 2011-08-04 05:45 | 映画(は行)

『ハングオーバー!!史上最悪の二日酔い、国境を越える』(2011 米)

“バチェラーパーティもの”というジャンルがあるのかどうかはわからないけれど、
結婚式を控えた花婿とその悪友が独身最後の夜をハチャメチャに過ごすという習慣を題材にした米国映画、よく見かけます。
トム・ハンクス主演で、そのまんまのタイトルの映画もあったし、
『サイドウェイ』(2004)なんかも結婚を控えた親友とワイナリー巡りの旅に出る話で、
このジャンルに入れていい映画じゃないかしらん。

a0037414_11151556.jpg
そんな“バチェラーパーティもの”の新手の映画が去年、公開された。
今回ご紹介する映画の前作『ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009)がそれ。
海外のコメディ映画は集客力が弱いのか、劇場で公開されるのは限られているようなんだけど、
本作は本国で大ヒットを飛ばしたというんで日本でもなんとか公開にこぎつけたらしい。
だけど、どうせまたどんちゃん騒ぎの映画だろうと、食指は動かなかった。

後でCSで観てみたら、ヒットした理由が「なるほどね」と理解できた。
ただのどんちゃん騒ぎではなく、ミステリー(謎解き)の要素が加味されていたからだ。

お話は、結婚式を2日後に控えたダグのために、悪友のフィルとステュがラスヴェガス旅行を計画。
意気揚々と乗り込んだまでは良かったのだけれど、翌朝、ホテルで目を覚ましてビックリ!
室内は荒れ果て、本物の「虎」や、誰の子かわからない赤ん坊までいる始末。
でも、それは序の口だった。だって、結婚を控えたダグの姿が消えていたからだ。
いったい、ダグはどこへ行ったのか? どうして、見ず知らずの赤ん坊が部屋にいるのか? そもそも、ホテルに虎がいるってどういうわけ!? 
消えかかった記憶をたどり、ダグの行方を追ううちに、その謎が下ネタ満載でバカバカしくも解明されていくというストーリー。

その続編が公開されたので、今度はhangover(二日酔い)覚悟で観てまいりました(^^ゞ

a0037414_21102386.jpg

原題:『THE HANGOVER PART II』(102分)
監督:トッド・フィリップス
脚本:クレイグ・メイジン スコット・アームストロング トッド・フィリップス
音楽:クリストフ・ベック
出演:ブラッドリー・クーパー
    エド・ヘルムズ
    ザック・ガリフィナーキス

今回の舞台は、タイのバンコク。
2年前にラスヴェガスで散々な体験をしたフィル、ダグ、ステュの悪友3人組。
そのうちの歯科医ステュ(前作では酔って自分で前歯を抜いちゃった人)がこのたび晴れて結婚することに。

結婚式の舞台は、花嫁の母国、タイ。
前回の二の舞だけは避けたいステュは、問題児アランを連れて行くのに難色を示すのだけど、
義兄ダグに懇願され渋々了承することに。
こうして異国の地タイへと降り立った4人は、花嫁のまじめな弟テディも交えて、大人しく結婚式を迎えるはずだった。
a0037414_11351810.jpg
ところがその夜、軽くビールを口にしただけのはずが、翌朝目覚めてみると、
またしてもひどい二日酔いでみんな昨夜の記憶がすっ飛んでしまってる。
自分たちのいる場所も分からないばかりか、
問題児アランの頭は丸坊主で、花婿ステュの顔にはド派手なタトゥーが!
おまけに花嫁の弟テディは行方不明ときた。
そして部屋にはなぜかベストを着たサルが歯を剥き出してニッ。

結婚式が明日に迫る中、大混乱のフィルたちは、何はともあれテディの捜索へと繰り出すのだが・・・
といったストーリー。

舞台がラスヴェガスからバンコクに変わっただけで、お話の骨子は前回とほぼ同じ。
そんなわけで、前作ほどのインパクトは正直なかったのだけれど、
前作を観て登場人物に愛着がわいていることもあって、まあ楽しく観られたかなという感じ。

ところで、酒を飲み過ぎて記憶をなくしたことってあるでしょうか。
僕の経験だと、一度は確かにあったなぁ(^^ゞ
a0037414_17183377.jpg
学生時代、高田馬場の居酒屋でムチャ飲みをして、店で知り合った誰かに介抱されて電車に乗ったのは覚えてる。
だけど、それからプッツリ記憶が途切れて、目が覚めたら介抱してくれた人のアパートで。そこは東京郊外の田無(今は西東京市かな)というところで窓の外には田園風景が広がってた。
驚いたのは、お礼を言ってアパートを出て、駅を目指して歩き出してからだった。駅まで15分ほどあったのだ。
前夜、この距離を自分で歩いたとは信じられなかった。記憶がまるでないんだもの。
ちょっと悲しかったのはコンタクトレンズが片方なくなっていたこと
(そういえば、電車の中で「落とした落とした」と騒いだ記憶があった)。
そんな風だったので、お店で意気投合し、介抱までしてくれ、家に泊めてもくれた学生さん、
名前も顔も定かじゃないんだなぁ(;^^a

ま、その程度(?)の記憶の欠落じゃあ、この映画の4人には鼻で笑われちゃうかもしれないけどね。

さて、映画のほうだけど、仲良し3人組はこれでみんな結婚してしまった。
だけど、毎回問題を引き起こすアランがまだ残ってる。だから、パート3ができる可能性は大いにあるんだな。

a0037414_19104348.jpg

このアランを演じるザック・ガリフィアナキスという覚えにくい名前の俳優さん(ギリシャ系なんだって)は、
雰囲気としては『ブルース・ブラザース』(1980)のジョン・ベルーシを彷彿とさせる人。
20代の役をやっているし、新人かなと思ったら、あらま、今年42になるんだって。
元はスタンダップ・コメディアンだったというし、案外苦労人なんだな。

    
[PR]
by kiyotayoki | 2011-07-24 19:41 | 映画(は行)

♪Swinging on a star (星にスウィング)

a0037414_16471444.jpg
ブルース・ウィリスの出世作といえば『ダイ・ハード』(1988)。
だけど、その主演にと声をかけられたのは、TVシリーズ『こちらブルームーン探偵社』で人気者になったおかげだろう。
日本ではNHKでやっていて、毎週とはいかないものの、ちょくちょく楽しく見ておりました。
推理サスペンスというより、シビル・シェパードとのウィットに富んだかけ合いと楽屋オチのような笑いが楽めるコメディでありました。

その『こちらブルームーン探偵社』のデヴィッド(ブルースの役柄)が天才的な泥棒になって帰ってきたような映画が『ハドソン・ホーク』(1990)だった。

興行的にはいまひとつだったようだけど、
『こちらブルームーン探偵社』のブルース・ウィリスが好きな人だったら大いに楽しめる映画だったと思うな(なので、個人的には評価してる作品なのです)。
なにしろダニー・アイエロ扮する相棒と歌まで披露してくれるんですから。
曲は、『我が道を行く』でビング・クロスビーが歌ってた“Swinging on a star ”。
ブルース扮するホークは、1曲歌い終えるまでにひと仕事を終わらせてしまう怪盗って設定なのです(^_-)。
こんな感じに♪



この映画、原案にブルース・ウィリスの名がある。
ということは、こういうお茶目でノリのいい作品が彼はホントに好きなんだろうな。
[PR]
by kiyotayoki | 2011-07-03 17:45 | 映画(は行)

『ぼくの美しい人だから』(1990 米)

a0037414_16154785.jpg
映画を観ていて、登場人物の背景に何気なく映っている物が気になることがよくある。
この映画だと、玄関ドアのガラス窓に貼ってあったこのシールかな。
S.S.D.D.
Same Shit, Different Day
    
「この標語みたいなのは何だろ???」って。

これ、スラングなんだろうけれど、
「日が替わっても、くそったれなのは同じ」とでも訳すのかな。

調べてみたら、「くそったれな毎日。変わるのは日付だけ」と訳しているのもあった。
スティーブンキングの小説『ドリームキャッチャー』によく出てくる表現らしい。
日付が替わるだけで毎日がクソ(最低)なのは変わらないって、諦めにも似た気持ちが表現されているんだろうな。
そんなシールを貼っている家の主が、スーザン・サランドン扮するこの映画のヒロイン。
彼女がどんな暮らしをしているかは推して知るべしということでありましょう。

a0037414_21172667.jpg

原題:『WHITE PALACE』(103分)
監督:ルイス・マンドーキ
脚本:テッド・タリー アルヴィン・サージェント
音楽:ジョージ・フェントン
出演:スーザン・サランドン
   ジェームズ・スペイダー

原題の『WHITE PALACE』は、主人公のノーラがパート勤めしているバーガーショップの名前。
43才で独り身、酒と煙草が手放せない典型的なプアホワイト(ホワイトラッシュ)だ。まさにS.S.D.D.な毎日。
そんな彼女と一夜を共にすることになるのは、27才で独り身、ユダヤ系のリッチなエリート広告マン、マックス。
普通に暮らしていたら、出逢うことも、ましてや恋仲になることもなかった2人が
衝動的にSEXをしてしまうところから物語は始まる。
こういう場合、フツーは男のほうから仕掛けるのだけれど、
酔った勢いで強姦まがいにメイクラブを始めるのがノーラのほうだというところが、2人の関係性を象徴しておりました。

2人とも過去の心の傷を引きずって暮らしているのだけれど、
特にノーラ(本名ノーラ・ベイカー)は、名前が似ているということもあって自分とマリリン・モンロー(本名ノーマ・ジーン・ベイカー)の生き方(幸の薄さ)に共感、同一視しているところがある。
そのせいもあって、彼女の部屋の中はマリリンのポスターやグッズでいっぱいだ。

そんな43歳の女を、当時ほぼ同じ年齢だったスーザン・サランドンがリアルに演じてる。
彼女、この後が『テルマ&ルイーズ』なんだな。
以前、『テルマ&ルイーズ』で彼女はひと皮剥けたって書いたけど、訂正しなきゃ。
この映画出演が彼女の女優人生のターニングポイントになったんだなと実感いたしました。

そうそう、ジェームズ・スペイダー扮するマックスの車は、片方のライトがずっと壊れたまんま。
それは、マックスの心の有り様を表していたのだろう。
S.S.D.D.のシールといい、マリリンのポスターといい、そういう表現方法がお好きなんだな、この監督。


a0037414_931948.jpg

[PR]
by kiyotayoki | 2011-05-19 08:52 | 映画(は行)

『ハード・キャンディ』(2005 米)

以前からいつかチェックしてみたいと思っていた映画を
友人の好意で観ることができた♪

a0037414_9395997.jpg

原題:『HARD CANDY』(103分)
監督:デヴィッド・スレイド
脚本:ブライアン・ネルソン
音楽:ハリー・エスコット モリー・ナイマン
出演:パトリック・ウィルソン
   エレン・ペイジ

a0037414_10431525.jpg
抽象画家モンドリアンの絵を思わせるシンプルなタイトルデザインからして赤が強調されているこの作品。
赤は、情熱以外に“怒り”を表す色でもある。
もし赤ずきんが怒りを内に秘め、周到な計画を立て準備万端でオオカミに対して反撃(復讐)に出たら・・・・って感じの映画でありました。

ウィキペディアによると、日本の女子高生によるオヤジ狩りのニュースに着想を得て製作されたものなんだそうな。


登場人物は、ほぼ2人だけ(ちょい役を含めてもたった5人)。
ひとりは、32歳の売れっ子カメラマン、ジェフ。もうひとりは14歳の少女ヘイリー。
終始、この2人の顔のアップばかり。場所もオープニング以外はほとんどがカメラマン宅の室内だけ。
それで最後まで観客を惹きつけてしまう構成力と演出力はこの監督、ただ者ではないのかも?
低予算映画だけれど、安っぽさは微塵も感じなかったし。
当時まだ17歳だった(もっと幼く見えます)エレン・ベイジのユニセックスな魅力も全開だ。

a0037414_11481038.jpg

ただ、後味はよろしくないし、見ていて疑問符が幾つもついてしまう映画でもあった。
だって、いくら不用意だったにしてもオオカミにも反撃に出るチャンスは何度かあったし、
赤ずきんの都合のいい展開に協力さえしてしまうんだもの。
ラストにしてもさんざんいたぶられたオオカミ(カメラマン)の心理を考えると、
あの行動に出るとはちょっと思えないんだなぁ。

a0037414_1255467.jpg

この映画を観ていて、思い出したある心理実験があります。
オランダで1883年に実際に行われた、今なら絶対許されないであろう禁断の実験です。
目隠しをされベッドに縛り付けられた男はブアメードという名の死刑囚。
それを取り囲む白衣の医師たちの1人がブアメードに厳かにこう告げます。
「これから行うのは、どれだけ血を取ったら人は死ぬかを確かめる実験だ。では、これから足の親指にメスを入れる」
鋭い痛みに顔を歪ませるブアメード。
ぽとりぽとりと血のたれる音がブアメードの耳にも届きます。
それは死へのカウントダウンともいえる音でした。

数時間後、医師達はブアメードに聞こえるようにこんな会話を交わしました。
「これで血液の三分の一が流れたことになるな」
「うむ、人が死ぬには十分な出血量だ」
それを耳にしたブアメードが息を引き取ったのはそれから間もなくのことでした。

死因は出血多量?
いいえ。実は、ブアメードはどこも傷つけられていなかったのです。
医師達はただ足の指に痛みを与えただけでした。
そして、用意していた金だらいに水滴をぽとりぽとりと落とし続けただけ。
なのに、ブアメードは衰弱し、とうとう死んでしまったのです。

この実験は、心の状態がいかに体の健康状態に影響を与えるかを調べるためのものだったんですね。
「病は気から」というけれど、人は気持ちが落ち込むと治る病気も治らなくなるし、
気持ちが前向きであれば薬の世話にならなくても病気に打ち勝つことだってできるということを証明した実験であったということ。

だからって、死刑囚とはいえ人を死に至らしめちゃう実験なんて、ねぇ(^^;


a0037414_1313065.jpg

上の画像は、身動きできないオオカミ(カメラマン)におぞましくも屈辱的なある手術を施す前段階として、
彼の陰部の毛を剃ろうとしている赤ずきんちゃん。
さて、その恐怖の手術とはいったい・・・・


a0037414_12101411.jpg

[PR]
by kiyotayoki | 2011-05-15 13:05 | 映画(は行)

『ヒア アフター』(2010 米)

前回、「大胆不敵な水墨画」(NHK)のことを話題にしたけれど、
こんな、まるで水墨画のような映画はかつて観たことがなかったかもしれない。
物語が進めば進むほど、お話に入り込めば入り込むほど、心が穏やかに凪いでいくのだから。
そんな不思議な感覚を味わわせてくれた御年80歳のイーストウッド監督、やはりただ者ではない。

a0037414_10461152.jpg

原題:『HEREAFTER』(129分)
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ピーター・モーガン
音楽:クリント・イーストウッド
出演:マット・デイモン
   セシル・ドゥ・フランス
   ブライス・ダラス・ハワード

この映画の主人公は3人。その3人ともがそれぞれの形で死と直面した経験を持っている。
けれど、暮らしている国はばらばら。1人はサンフランシスコ、1人はロンドン、そしてもう1人はパリ。
なので3者の人生が絡み合うことはないと思われたのだけど・・・。

導入部はまず、死とは真逆の生命みなぎる南洋のリゾート地から始まります。
メイクラブの余韻漂うベッド、窓を開ければ外はコバルトブルーの海。
陸地に目を移せば、そこは活気と笑顔があふれる市場。死の影など微塵も感じられない。
そんな中、人々に死をもたらす巨大なエネルギーが海の彼方から怒濤のように襲いかかってくる。
それは巨大な津波だった。
パリからバカンスに来ていたマリーもあっという間に波に呑み込まれてしまう。
瀕死の状態で水中を漂うマリー。
そんな彼女が見たのは、幻のような、それこそ水墨画のような不思議なビジョンだった。

a0037414_2227030.jpg

上の水墨画は、安土桃山時代に活躍した長谷川等伯の作品。まさに幽玄閑寂の世界だ。
イーストウッド監督がイメージした生と死の境目の世界も、それに似て幽玄にして閑寂だった。
そんな映像がスクリーンに広がるので、パニック映画並みの津波襲撃シーンなのに
まるで水墨画を鑑賞しているような心持ちになってしまう。

幽玄閑寂な心持ちをより高めてしまう理由は他にもある。
舞台の3分の2以上がロンドンやパリといった欧州ということもあって、
この作品、しっとりと落ち着いたヨーロッパ映画の趣があるのだ。
死んだ人物と交信できるジョージ(マット・デイモン)の住むサンフランシスコの映像にしても、
ダーティハリーが闊歩していた同じ街とは思えないほど何だか落ち着きはらっている。
テーマが「死との対話」ということもあるけれど、
枯淡の境地に達したイーストウッド監督の心象風景がそのままスクリーンに投影された結果といえるかもしれない。

なぁんてことばかり書いてると、地味で禅問答のような映画かと思われてしまうかもしれませんが、
映画の冒頭のようにちゃんとエンターテイメントはしています。
料理教室でのマット・デイモンとブライス・ダラス・ハワードのやりとりなんて、すこぶるエロティックだったしなぁ。
それに、「ヒアアフター(来世)」というと、ちょっと間違えるとトンデモ系の作品になりかねないけれど、
そこはイーストウッド監督、来世を肯定も否定もせず、説明過多にもならず、また変に宗教っぽくもならず、
実に優しい眼差しで3人を現世ならではの喜びを感じられる地点まで運んでいってくれる。

説明を可能なかぎり削ったラストも個人的には気に入った。

前作『インビクタス』は今ひとつだったけど、いやいや後味の良い映画でした。


下の絵画は、自らの能力に悩むジョージの好きな「ディケンズの夢」という作品。
遠くにあるイメージ(夢)は淡く、近くにあるイメージ(夢)は濃くて色づいている。
ジョージが霊能力を発揮する時も、こんなビジョンが眼前に広がるのでありましょうか。

a0037414_12443827.jpg

[PR]
by kiyotayoki | 2011-03-03 13:13 | 映画(は行)

『僕らのミライへ逆回転』(2008 米)

正月休みに何を観ようかと、録画したまま見逃している映画をチェックしていて目をつけたのがこれ。
ああ、なんで今まで観なかったんだろ。
『ゴーストバスターズ』『ロボコップ』『ライオン・キング』『2001年宇宙の旅』
『ラッシュアワー2』『ドライビングMissデイジー』『キャリー』『キング・コング』
『メン・イン・ブラック』『シェルブールの雨傘』『ブギーナイツ』etcが全部観られる(?)お得で楽しい映画です♪

a0037414_1194026.jpg

原題:『BE KIND REWIND』(101分)
監督・脚本:ミシェル・ゴンドリー
音楽:ジャン=ミシェル・ベルナール
出演:ジャック・ブラック
   モス・デフ
   ダニー・グローヴァー
   ミア・ファロー

作風が好きな仏人監督ミシェル・ゴンドリーさんの作品。
前作の『恋愛睡眠のすすめ』も手作り感あふれる作品だったけど、今回のはそれにますます磨きと拍車がかかった感じ。

ブロンクスが舞台の『スモーク』(1995)と似たような街並みだなと思ったら、こちらはニュージャージー。
そんな町角にある寂れたレンタル・ビデオ屋がメインの舞台。
店名は、原題にもなっている『BE KIND REWIND(巻き戻して返却を)』。
置いてあるのは店主(ダニー・グローヴァー)こだわりのVHSビデオばかりでDVDは一切なし。
そんなだから、経営は左前で、市の開発局からは追い立てをくらってる。

金策のため店を留守にした店主に代わって店長代理になったのは
生真面目な若者マイク(『16ブロック』で好演していたモス・デフ)。
マイクには悪友のジェリー(ジャック・ブラック)がいるのだけれど、こいつが問題児でとんでもないことをやらかしてくれる。

ジェリーはある日、高圧電線に触れて全身に強烈な磁気を帯びてしまい、店のVHSのテープを全部消去してしまうのだ。
そんなところへ常連のおばさん(ミア・ファロー)がやって来る。
「『ゴーストバスターズ』って映画あります?」

困った2人が思いついた苦肉の策、それは・・・
「えーい! 自分で『ゴーストバスターズ』作っちゃえ!」だった。

2人は、廃品回収のガラクタを使って、うろ覚えで『ゴーストバスターズ』をホームビデオムービーで撮り始める。
銀色のユニフォームはアルミホイルを体に巻いて、マシュマロマンは本物のマシュマロで。メカや小道具はガラクタや段ボールを使っての手作り。学芸会のノリだ。

ところがどっこい、それが「面白い!」と話題になって、レンタルしたがる人が急増。
リクエストに応えて、2人はリメイク作を量産し始める。
鍋をかぶって『ロボコップ』、児童遊園のジャングルジムで『ラッシュアワー2』
段ボールで『ライオンキング』や『キングコング』、冷蔵庫を黒く塗ってモノリスにして『2001年宇宙の旅』・・・
もう、欽ちゃんの仮装大賞のノリで(^^;。

a0037414_10521518.jpg

劇中、作品タイトル数に限りがありレンタル代金も高いワケを、ジェリーが「スウェーデン製だから」と言い訳したところから、
スウェーディッド(SWEDED)という言葉が映画の枠を超えて広まって、この映画の公開後、YouTubeには手作りの
リメイク素人映画がわんさとアップされるようになったんだとか(実際そうでした。笑えるのはあまりなかったけど^^;)。

これは、お金なんてなくても楽しい映画はつくれるし、しかもつくること自体が楽しいことなんだよ♪
っていうゴンドリー監督ならではのメッセージなんだろうな。

一方、監督は昨今騒がれている著作権問題もこの一見おバカな映画にちゃんと盛り込んでいる。
また、『ディパーテッド』『アイ・アム・レジェンド』『ポセイドン』などなど、
最近のハリウッド映画は大金とCG技術を駆使したノーアイディアのリメイクばかりであることも、チクリと批判。
そのあたりは、さすが『エイリアン』『バットマン』の続編を依頼されて蹴った監督だけはある。

そういえばゴンドリー監督の母国フランスは、手作りで初めてSF映画を作ったジョルジュ・メリエスを生んだ国。
金をかけず、アイデアと工夫で、どれだけ夢を形にできるか。
昔の特撮映画やアマチュア映画はそんな創造性にあふれていたし、
それをみんなで楽しむことこそが映画の素晴らしさなんだよ・・・
そんな監督のメッセージがじんわり温かく心に響いてくる映画でした♪

a0037414_15593847.jpg

                  Q.さて、これは何という映画のSWEDEDでしょう?
[PR]
by kiyotayoki | 2011-01-07 14:15 | 映画(は行)

『ぼんち』(1960 日)

もう何年も続いている月に一度の「焼肉の会」。
そのメンバーの方のお宅にお邪魔しての忘年会は、和の食材がテーブルに並んだ。

a0037414_2228551.jpg

今回の宴のサブタイトルは『雷蔵祭』。
会場となった部屋の主が大の市川雷蔵ファンで、出演作DVDを多数所有されている。
それを次々に観て、その魅力を語り合ったり突っ込んだりしようというもの。
最初は、『弁天小僧』(1958)。雷蔵が扮するのは弁天小僧・菊之助。歌舞伎っぽいお芝居仕立ての作品だった。
続いて、『忍びの者』(1962)。これ、ちっちゃい時に親と観たのだけれど、忍者の拷問シーンが怖くて怖くて。
悪夢を見て、よくうなされたもんです(^^;
そして最後が、今回フィーチャーする『ぼんち』(1960)。
この映画、以前、グロリアさんが記事にしてらっしゃって、僕も久しぶりに観たいなぁと思ってた作品。

a0037414_19231588.jpg

監督:市川崑
原作:山崎豊子
脚本:和田夏十 市川崑
音楽:芥川也寸志
出演:市川雷蔵
   若尾文子
   山田五十鈴
   毛利菊枝

随分前に観たっきりだったので、新鮮に観ることができた。
改めて観てみてまず思ったのは、ああ、これって40年ほどに渡る“家政婦は見た”物語だったんだなぁということ。

山崎豊子原作を映画化したのは市川崑。監督らしく、絵作りがモダンかつ三次元的、そして陰影も美しい。
知らなかったけど、市川崑さんってアニメーター出身なんだってね。

お話は、大阪・船場に四代続いた足袋問屋の一人息子喜久治(きくぼん)が、女系家族の中で、
ぼんぼんらしい気質と才覚と鷹揚さで昭和の激動期を生き抜いていく姿と、その女性遍歴を、多彩な女優陣を配して描く作品。

代々続く大店のぼんぼんに生まれると、朝の着替えからして庶民とは違います。
きくぼんは素っ裸で立っているだけ。あとはすべて女中のおとき任せ。
汗をかきそうなところには天花粉をはたいてくれ、ふんどしまで締めてくれる(^^;。
そんな細々とした世話を当然という風情で受け止めるきくぼん。それを演じてる市川雷蔵が憎たらしいほど似合ってる。
関西弁も板についてる雷蔵さん、京都生まれの大阪育ちだそうだから、まあ、似合って当然なのかもしれないが。

そこへやってきたのが、祖母きの(毛利菊枝)と母の勢以(山田五十鈴)。
すかさず女中のおときがサッと座布団を並べるのだけれど、祖母のおざぶのほうがちょっと前に出てる。
2人の力関係・序列が座布団の位置でもわかるようになってるんですね。

で、何かと思えば、次の跡取りを産んでくれる嫁をもらえという話。
まだ22歳のきくぼんだけど、それほど抵抗する様子も見せずに応諾。

と、次のシーンではもう新妻の弘子(中村玉緒)が台所でおさんどんを手伝っている。
この映画、冗長なのが多い日本映画には珍しく、時間が飛ぶし、ワンシークエンスも短いのです。
でもそれに慣れてくると、かえって無駄のない演出が心地よくなってくる。

a0037414_17573993.jpg

展開がスピーディなので、女性遍歴もトントン拍子。
ポン太(若尾文子)、幾子(草笛光子)、比沙子(越路吹雪)、お福(京マチ子)と、おつき合いする女性はタイプは違うものの皆夜のご商売をされている方ばかり。
さすがぼんち、わきまえていらっしゃる。
「えーっ、どこが?!」と、眉間に皺を寄せる向きもおいでかもしれませんが、
当時の男性としてはスマートな遊び方なんですね、これは。
まず、たいていのことは金で片がつく。というか、これが一番大きい。
たとえ子を孕ませても、男児なら5万、女児なら1万で後腐れがなくなるってんですから(これ昭和初期の話です)。
それを、きくぼんに教えてくれたのは祖母きの。
後腐れがない上に、女遊びは男の甲斐性とされていた時代ゆえに祖母も母も公認なのです。
とはいえ、金がなくては続きません。だから自然、金持ちの道楽になっちゃうんだな。

a0037414_16333871.jpg

だけど、きのも勢以も、ただきくぼんの女遊びを黙認していたわけじゃありません。
2人には深遠なる目論見があったのです。
それは、きくぼんと愛人のあいだに女児を誕生させること。
河内屋は三代続いて跡継ぎに女児しか生まれなかったので、すべて婿養子をとってきたんですね。
旦那は飾り物で、実権は女房が持っていた。それだけにきのと勢以の力は絶大だった。
きのと勢以はこの世の春を謳歌していたわけです。
ところが勢以が産んだのは男児=きくぼんだけだった。女権の危機だ。
2人はきくぼん夫婦に女児が誕生することを祈ってた。ところが嫁の弘子が産んだのは男児。
これはまずい!と2人がとった行動は、実家で子を産んだことを責めて弘子に離縁状を突きつけることだった。
きくぼんをフリーな状態にして、女遊びをさせ、あわよくば女児を誕生させようという腹だったんですね。いやはや。

そんなきのと勢以を演じる毛利菊枝さんと山田五十鈴さんの演技にはホントにしびれました♪
お薦めのカラー娯楽作品ですよ、これは。

あ、それに、蔵見ニスト(お蔵ファン)としては、大阪が蔵の街だったことを再認識させてくれる貴重な映画で、その意味でもとっても嬉しかったし。下の画像は、空襲で唯一焼け残った河内屋のお蔵です。

a0037414_1043859.jpg

[PR]
by kiyotayoki | 2010-12-30 10:06 | 映画(は行)