映画の心理プロファイル

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『ムーランルージュ』(2001 米)

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原題:『MOULIN ROUGE!』(128分)
監督・製作・脚本:バズ・ラーマン
歌:デヴィッド・ボウイ
出演:ニコール・キッドマン
    ユアン・マクレガー
    ジョン・レグイザモ
    ジム・ブロードベント
    リチャード・ロクスバーグ

イラクの武装組織に日本人の若者が拉致された事件は、二転三転したあげく、
結局は当人の遺体発見となったようです。ご遺族の皆さんの心中を察すると、
安易な批評は避けたいと思いましたが、事件のニュースを聞きながら、なぜか
この映画を思い出したのでした。

この作品、1899年、まさに世紀末のパリ、その夜を彩る美と喧噪のナイト
クラブ“ムーランルージュ”を舞台にした、絢爛華美にして魅惑的なミュージカル
映画なのですが、オーブニングとエンディングだけは悲しみに沈み込んでいま
す。その映像にこんなナレーションがかぶります。
「こんな若者がいた
ちょっと変わってて、美しい心を持った若者
あちこち遠い国をさまよい、放浪の旅を重ねた
ちょっと内気で、悲しみの宿った眼差し・・・
そしてある日、運命の日に私は彼と出会った
話に花が咲き・・・、そして最後に彼はこう言った
人がこの世で知る最高の幸せ、それは誰かを愛して、
そしてその人から愛されること」
主人公のクリスチャン(E・マクレガー)は、まさにそういう若者。
自分の理想である、自由、美、真実、そして愛を求めて、無一文で美と混沌の
世界に飛び込んできた、ある意味では世間知らずな若者でした。
そんな若者クリスチャンが、そこで初めて愛を知り、“最高の幸せ”を味わう
間もなくそれを永遠に失ってしまったお話、それがこの『ムーラン・ルージュ』。

人の目は、カメラと違って「自分の見たいものを見る」ようにできています。
同じものを見ても、理想に燃えた心で見るのと、冷めた心で見るのとでは、
見える世界がかなり違うということ。
イラクで非業の死をとげた若者が、どういう目的で混沌としたかの地を目指した
のかは謎ですが、何か熱い思いがあってのイラク行ではあったはず。
ですから、クリスチャンがほんのひとときではあっても“理想の愛”をその目で見
ることができたように、せめて彼もイラクで理想の何かを目撃できていたらな、
と心から思います。 
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by kiyotayoki | 2004-10-31 10:43 | 映画(ま行)

『ローマの休日』(1953 米)

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原題:『ROMAN HOLIDAY』(118分)
監督・製作:ウィリアム・ワイラー
原案・脚本:ダルトン・トランボ(イアン・マクレラン・ハンター)
出演:オードリー・ヘプバーン
    グレゴリー・ペック
    エディ・アルバート
    パオロ・カルソーニ
    ハートリー・パワー

“繰り返し見た回数”でいうと、トップクラスかもしれない作品です。
昨夜、地上波でやっていたので、ついまた見てしまいました。
今回は去年87歳で亡くなったグレゴリー・ペックを偲ぼうと思って見始めたの
ですが、魅了されたのはやはりオードリー・ヘプパーンの可憐な美しさ。
個人的には好みのタイプではないのに、この映画の彼女を見ると宗旨替えを
したくなっちゃいそう。
もちろんG・ペックもよかった。あの木訥さ、そして清潔で油ぎっていないところ
が、この作品にぴったりだったんだなと再認識させられました。

お話は、あまりにも有名なので記すこともないと思いますが、
ローマ訪問中の某小国の王女と新聞記者とのロマンチックで切ない恋の物語、
大人のためのおとぎ話です。

分刻みのスケジュールに嫌気がさして大使館を抜け出し、新聞記者のジョー
(G・ペック)のアパートに押し掛けお泊まりをしてしまったアン王女(O・ヘプパ
ーン)は翌朝(といっても昼過ぎ)ジョーに別れを告げると、ローマの下町を
まるでおとぎの国に迷い込んだ少女のように目を輝かせながら歩いて行きま
す。その道すがらに見つけたのが一軒の美容室。
アンはそこで美容師(P・カルソーニ)に長い髪をバッサリ切りたいと申し出ます。
すると、美容師は当然のようにこう聞き返します。
「バッサリ?キミ、失恋でもしたの?」・・・・

「めめしい」を漢字で書くと「女々しい」。
そのせいか、失恋した場合、男より女のほうが未練がましいと思われがち。
でも、心理学や大脳生理学の観点から見ると、また実際も、より未練がましい
のは男のようです。
男が未練がましいのは、もっぱら脳の構造のせい。
男の脳は、右脳と左脳をつなぐ部分(脳梁)が女より狭い。だから、右脳と左脳
の情報の交換が女と比べると滞りやすい。
そのせいか、女性は失恋をしても柔軟に対応できるのに、男性は脳が不器用
にできている分、失恋の痛手をいつまでも引きずりやすいんですね。

しかも、女性は心理的にも男性より早く失恋の痛手から脱しやすい。
「泣く」というのは、ストレス発散にとても効果があります。それは涙に多くの
ストレスホルモンが入っているから。泣けば、それらが体外に排出される。
大泣きした後、なんだか気分がさっぱりするのはそのせいです。
ところが、男はむやみに涙を見せてはいけないという心理的な規制が働き
やすいんですね。女は堂々と泣ける。その分、早く失恋の痛手から脱する
ことができるというわけです。
また、「髪を切る」というのも、気分一新のいい方法です。特に、長い髪を
一気に短くすると、心理的にも物理的にも身軽になれるので、晴れ晴れとした
気分になれます。女性の中に失恋後に髪をバッサリ切ってしまう人がわりと
多いのは、直感的にその効果の絶大さを知っているから。
ところが男は、一部の例外をのぞけば、悲しいかな髪を切ってもそう変わり
映えがしないので、その効果を実感することができません。
男って哀しい生き物だなあ・・・。

長くなりましたが、そういう意味もあって美容師はアンに「失恋でもしたの?」
と聞き返したんですね。
アンは失恋したわけではないので「いいえ」と答えます。
でもこの時のアンの心境は、失恋時の心境とかなり似ていたと思われます。
“髪を切って過去の自分と決別したい、重圧から解放されたい”と思っていた
からです。
その効果は確かにありました。
一日だけですが、アンはアーニャとして、ジョーと夢のようなひとときを存分に
過ごせたのですから。   
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by kiyotayoki | 2004-10-30 11:40 | 映画(ら行)

『ギャラクシー・クエスト』(1999 米)

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原題:『GALAXY QUEST』(102分)
監督:ディーン・パリソット
原作:デヴィッド・ハワード
出演:ティム・アレン
    シガニー・ウィヴァー
    アラン・リックマン
    トニー・シャローブ
    サム・ロックウェル
   
大好きな映画といえば、この作品も外せません。
とにかく、この10年で映画館(確か渋谷のシネクイント)に2度足を運んだのは、これ1本っきりなんですから。

タイトルの『ギャラクシー・クエスト』というのは、
1979年から82年までアメリカで放映されていた(ことになっている)テレビドラマのこと。
内容は、NSEA(宇宙捜査局)に所属する乗組員たちの活躍を描いたSFアドベンチャー。
早い話が『スタートレック』みたいな番組なんですね。
放送終了後約20年たった今も、トレッキーならぬクエスタリアンと呼ばれる熱狂的なファンがいて、
当時の出演者たちがサイン会でも開こうものなら全米からオタク少年やコスプレ大好き少女(もちろん大人も)が大挙してやってくるほどの人気。
そのおかげで、今や落ちぶれた俳優生活を送っている当時の出演者たちはなんとかメシを
食っていけているんですからファン様々のはずなんですが、
彼らにしてみれば20年も前の栄光だけで身過ぎ世過ぎをしていくのは屈辱以外の何ものでもないんですね。
だから、ファンの前では営業スマイルを忘れませんが、楽屋じゃ愚痴のオンパレード。
特に、ドクター・ラザラス役のアレックス(A・リックマン)は若い頃イギリスでシェイクスピア劇に出ていたこともあって、
自分用のトカゲヘッドの陳腐なカツラを見ただけで拒絶反応を示すほど。

「これでも昔はモテたんだぜ」とか「お笑いタレントの○○、あいつが売れない頃、俺ずいぶん面倒見てやったんだ」と、過去の自慢話をする人がよくいます。
これは心理学的にいえば『退行』と呼ばれる心理です。
現実の生活や仕事に不満があるのに、それをストレートに口に出すのはプライドが許さない。
だからつい過去の栄光に救いを求めてしまうのです。
昔の自慢話ばかりする人は、今が不遇だってことを吹聴しているようなものなんですね。アレックスがまさにそれ。

そんな、過去の栄光にぶら下がって営業スマイルでファンをさばいていた5人の前に、
一風変わったコスチュームに身を包んだ連中がやってきます。
彼らは、自分たちはネピュラ星雲に住むサーミアンという宇宙人で、今、
サリスという凶悪な宇宙人との戦いで絶体絶命の危機にある。だから助けて欲しいと訴えます。
タガート艦長役のマイケル(T・アレン)は冗談だと思って相手にしませんでしたが、実は彼ら、本物の宇宙人だったのです!
彼らは地球から発せられる電波を傍受し、テレビドラマの『ギャラクシー・クエスト』を、歴史ドキュメンタリーとして見ていました。
だから、宇宙の悪をこらしめる彼らならきっと自分たちも救ってくれると本気で信じていたんですね。
その熱意に負けてというか、無理矢理にというか、マイケル以下5人は、彼らの転送装置で宇宙に浮かぶプロテクター号に飛びます。
その宇宙船も、サーミアンたちがテレビで紹介された設計図そのままに造りあげたもの。スタジオのセットではなく本物です。
さて、落ちぶれ役者たちにサーミアン、そして宇宙を救うことなんてできるのでしょうか?!

あの『エイリアン』のシガニー・ウィヴァー(若い!)や『ダイハード』のアラン・リックマンが
コメディに挑戦してるってだけてもそそられるのに、実際に見てみると笑わせてくれるだけでなく、
目頭を熱くもさせてくれます。
レンタル・ショップで見かけたら是非!
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by kiyotayoki | 2004-10-29 09:50 | 映画(か行)

『ミッドナイト・ラン』(1988 米)

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原題:『MIDNIGHT RUN』(126分)
監督・製作:マーティン・ブレスト
脚本:ジョージ・ギャロ
出演:ロバート・デ・ニーロ
    チャールズ・グローディン
    ヤフェット・コットー  
    ジョン・アシュトン
    デニス・ファリナ

数年前、ロバート・デ・ニーロが来日してニュース・ステーションに生出演したことがありました。
そこで司会の久米宏に「今までの出演作で、一番好きな映画は何ですか?」と問われた時、デ・ニーロがこの作品名をあげたのです。
数多ある出演作の中からこれを選んだことに驚きもしましたし、嬉しくもありました。
それはもちろん、個人的に大好きな映画だったから。

アメリカでは、賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)という職業が確立しているみたいで、
主人公のジャック・ウォルシュ(デ・ニーロ)は賞金付きの逃亡犯を捕まえることで生計を立てている男。
元シカゴ警察の敏腕刑事だったジャックにとって犯人逮捕お手の物なのです。
そんなジャックに新たな依頼が。それはマフィアから金をかすめ取って行方をくらました会計士を探し出して
LAまで護送してきて欲しいというもの。
マフィアがらみではなぁ・・・と渋ったジャックでしたが、報酬が10万ドルと聞いて応諾。

あっという間に会計士がNYに潜伏していることを突き止めます。
そして首尾よく身柄を確保、LAへ戻るべく空港へ。飛行機に乗ってしまえば、あと4、5時間で任務完了。
これで10万ドルが手に入れば、こんな商売とはおさらば。念願のカフェを開くことができる、と皮算用するジャック。

と、そこまではすこぶる順調だったのですが、このあとはハプニングの連続。
まず、旅客機に乗った途端、会計士のデューク(C・グローディン)がパニックを起こします。高所恐怖症だったのです。
仕方なく、ジャックは列車で大陸を横断することに。
でも、その旅も変更を余儀なくされます。というのも、ジャックたちを3組の男たちがそれぞれ別の目的で追っていたからです。
まず、会計士に金を横領されたマフィアの殺し屋。
会計士に裁判で証言させてマフィア壊滅を目論むFBI。
そして、ジャックが失敗した時の保険として雇われた別の賞金稼ぎマーヴィン(J・アシュトン)。
この3組が入れ替わり立ち替わりジャックたちの行く手を遮り、会計士のデュークを我が手中にしようと襲いかかってくるのです。
そういう連中との丁々発止の駆け引き、アクションも十分楽しめますが、
「会ってまだ2分だが、お前が嫌いになったよ」とジャックが言うほど相性の悪いデュークとの関係が旅を続けていくうちに変化していくところも、脚本が巧みなせいか、2人の演技力のおかげか、心地よく楽しませてもらえます。
特に、デューク役のチャールズ・グローディンは独特のキャラで、芸達者なデ・ニーロを向こうにまわして一歩も引かない演技を見せてくれています。
それを受けるデ・ニーロも、演じていて何か楽しそう。

そんな2人のやりとりを聞いていくうちに、ジャックの過去もだんだん明らかに。
ジャックはシカゴ時代、デュークを追っているマフィアのボスからの賄賂を断ったため、賄賂漬けの同僚から裏切られ刑事をやめるはめになってしまったこと。
また、そのため妻とも離婚。その上、別れた妻は自分を裏切った同僚の刑事と再婚してしまったこと、などなど。
それから9年。でも、ジャックはまだ別れた妻の影を引きずっていました。
ジャックは壊れかかった腕時計をつけています。実はそれ、別れた妻が初めてプレゼントしてくれたものだったのです。
たまに止まってしまう古時計が捨てられないのは、それが動いてくれている間は、妻となにがしかの縁でつながっていられるのではないか、そう思いたかったのでしょう。心理学でいえば『固着』という心理でしょうか。
愚直な生き方しかできない男だからこそ、未練心もつのるのでしょう。

この映画、ラストもとても心地よく終わってくれます。未見の方は是非!
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by kiyotayoki | 2004-10-28 09:17 | 映画(ま行)

『シャーキーズ・マシーン』(1982 米)

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原題:『SHARKY'S MACHINE』(122分)
監督・製作:バート・レイノルズ
出演:バート・レイノルズ
    レイチェル・ウォード
    ヴィットリオ・ガスマン
    ブライアン・キース
    チャールズ・ダーニング
    ヘンリー・シルヴァ

先日、衛星放送で『ロンゲスト・ヤード』を見た時、「じゃあ、アレももう一度見てみたいな」と思った作品がコレ。当時、珍しくサントラを買って一時期よく聴いていたので映画の内容以上に愛着がありました。
そうしたら嬉しいことに昨夜、同じチャンネルでON AIR。やったね!

肉体派B・レイノルズ監督・製作・主演の刑事物、というとコテコテのアクション映画を思い浮かべそうですが、もちろんアクションシーンはあるものの、監督業に乗り出したB・レイノルズの気概が感じられる一編に仕上がっています。

オープニング。敏腕刑事シャーキー(B・レイノルズ)は、とんまな同僚のせいでいきなり麻薬課から地味な風俗課に転属させられてしまいます。
警察署の地下にある風俗課ははきだめのような部署で、主な仕事は風俗嬢の取り締まり。おとり捜査で命を削る仕事をしていたシャーキーにとっては気持ちが萎えてしまいそうな仕事。
そんな鬱々とした日々がある日、一転します。
いつも取り締まっているシケた娼婦ではなく、一晩1000ドルも取る高級娼婦を配給する組織が捜査線上に浮上。それに知事選に立候補している大物代議士が一枚噛んでいることがわかったのです。
シャーキーはその証拠固めに、高級娼婦ドミノ(R・ウォード)が住むマンションに盗聴器を仕掛け、向かいのビルから24時間体制で張り込みを開始します。

見張る相手ドミノは、さすが一晩1000ドル取るだけあって、ほれぼれするような美女。そんな美女を24時間監視するんですから、恋をするなというのは酷というもの。シャーキーはその美しさに心底参ってしまいます(どうも彼、独り者みたいだし)。
片思い、というより、もうストーカー状態。
ストーカーには『被愛妄想(エロトマニア)』に陥っている人が多いのですが、『被愛妄想』には妄想の度合いによって3段階に分かれます。
①「希望期」・・・・ひょっとしたら相手も愛してくれているのではと希望を抱く
           時期           
②「憤慨期」・・・・こんなに愛してるのになぜこの愛を理解してくれないんだ
           と憤懣をためこむ時期
③「怨恨期」・・・・可愛さ余って憎さ百倍。ふり向かない相手に憎悪の感情
           をむき出しにする時期。ストーカー殺人が起こるのは、まさに
           この時期です。 
ドミノが「マイ・ファニー・バレンタイン」を口ずさむのを聞きながら、シャーキーが遠く離れた部屋で、さもデュエットでもするように合わせて歌っていた時期は彼にとっては「希望期」だったのでしょう。
けれどドミノは高級とはいってもやはり娼婦。ボスのビクター(V・ガスマン)に抱かれるドミノに嫉妬の感情をむき出しにする(憤慨期)シャーキーですが、勝手に恋をしているわけですから、どうにもならないことは本人が一番よく知っていました。でも、つらいですよね。

そんなドミノが突然、ショットガンで殺害されます。殺したのはボスの弟(H・シルヴァ)。ボスのビクターは、必要のなくなった人間は容赦なく殺す男。
そして、実際に手をくだすのは冷血漢の弟でした。
その弟を演じるヘンリー・シルヴァが、まさにハマリ役!
この映画は、ヘンリー・シルヴァの冷酷非道ぶりを堪能するためにある!
と言っても過言ではないほど。
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渥美清をヤセさせて恐くしたような顔(当時、裏渥美清、あるいは渥美清のダークサイドマンと個人的に呼んでいました)をしているヘンリー・シルヴァは、このお話ではいくら弾を撃ち込まれても死なない、まるでターミネーターのような男。その怪演ぶり、是非見てもらいたいなぁ。
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by kiyotayoki | 2004-10-27 10:22 | 映画(さ行)

『アバウト・ア・ボーイ』(2002 米)

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原題:『ABOUT A BOY』(100分)
監督:クリス・ワイツ&ポール・ワイツ
原作:ニック・ホーンビィ
出演:ヒュー・グラント
    レイチェル・ワイズ
    ニコラス・ホルト
    トニー・コレット

『ハイ・フィデリティ』と同じ原作者ニック・ホーンビィのベストセラーを映画化した作品です。
こちらの主人公ウィル(H・グラント)は、『ハイ・フィデリティ』のロブよりもっとダメ男ぶりが徹底しています。ロブは曲がりなりにも仕事をしてますが、ウィルは38歳になる今までも、たぶんこれからも完璧無職。
というのも亡き父が一発屋のミュージシャンだったらしく、たった一曲ですが大当たりしたクリスマスソングがあり、その印税が地道に入ってくるから。
親父のおかげて夢の印税生活を送っていられる羨ましい男なのです。
彼はノース・ロンドンの、日本風にいえばデザイナーズ・マンションで優雅にひとり暮らし。独身で時間も金もあり、その上、見た目も優男。だから恋の相手に事欠くこともありません。
悩みがあるとすれば、恋が長続きしないこと。
続かない理由は、外見はいいけど中身は空っぽだから。
カッコいいアウディのクーペに乗っていながら、その色は色彩心理学的には没個性のグレーというのもフィルのキャラにぴったりマッチ!

最近、よく聞く言葉に「ニート(NEET:Not in Employment,Education or Training )」ってのがあります。
失業者でもフリーターでもない無業者の若者のことをそう呼ぶんだそうですが、国の調べでは去年度で52万人いるんだとか(実数はもっと多いはず)。
でもって、このニートって言葉の発祥の地はイギリスなんですって。
ということは、イギリスでは日本よりもっと前から、そうした無業者の増加が社会的に問題になってたってことでしょうね。
この映画の主人公フィルがまさにニート。
そういう男を主人公にしたからこそ小説もベストセラーになったのでしょう。

このお話にはもう1人、主人公がいます。
12歳の少年マーカス(N・ホルト)。こちらはウィルとは正反対。
母親のフィオナ(T・コレット)と母ひとり子ひとりのつましい生活を送っています。
フィオナはグランジルックというかヒッピーくずれというか、とにかく周りから浮いたファッションに身を固めており、心も頑なな女性。
口ずさむ音楽もロバータ・フラックやカーペンーズといった70年代初期の曲。
しかも菜食主義・・・。やっぱりヒッピーくずれかも。
そんな母親に育てられたせいか、マーカスも学校では浮いた存在で、みんなの笑いのタネで、いじめの格好の対象でもあります。

そんな、どこにも共通点がなく、出会う機会さえなさそうなフィルとマーカスがなぜか出会ってしまうんです。
出会うきっかけや、出会ってからのいろんな出来事を書いてると長~くなっちゃいそうなので、あえて書きませんが、最後はホロリとさせてくれるいい作品です。『ハイ・フィデリティ』は見たけど、こちらはまだという方には是非おすすめしたいな。
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by kiyotayoki | 2004-10-26 00:14 | 映画(あ行)

『ハイ・フィデリティ』(2000 米)

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原題:『HIGH FIDELITY』(113分)
監督:スティーヴン・フリアーズ
原作:ニック・ホーンビィ
共同脚本:ジョン・キューザック
出演:ジョン・キューザック
    ジャック・ブラック
    イーベン・ヤイレ
    トッド・ルイーゾ
    ティム・ロビンス
    ジョーン・キューザック
    キャサリン・ゼタ=ジョーンズ

意味も知らずに使っている言葉って案外多いもの。
この映画のタイトル『HIGH FIDELITY』が『hi-fi(原音にきわめて近い音)』のことだとは、さっき辞書を引くまで知りませんでした(^_^;)。

「あのさ、音楽と惨めさとどっちが先だと思う?惨めだから音楽を聴くのか、音楽を聴くから惨めになるのか」そう言って主人公のロブ(J・キューザック)がスクリーンのこちら側に語りかけてくるところから、このお話はスタートします(この後も、ロブは事あるごとにこちら側に語りかけてきます)。
ロブはシカゴの片隅で中古レコードショップを営む30代前半の音楽オタク。
そんなロブがなぜ冒頭のようなセリフを吐いたのかといえば、この日突然、同棲していたローラ(I・ヤイレ)が理由も告げずに家を出ていったから。

「ボクの今までの人生で心に残る失恋トップ5を年代順にあげていっても、ローラッ、君はそれには入らないからなぁ!」
去っていくローラに捨てゼリフを吐いたロブでしたが、なぜローラにフラれたのか気になり始めます。
ひょっとして自分には女にフラれる何か重大な欠陥があるのかも。
そこでロブは、過去に自分をふった相手に、それぞれその理由を聞こうと決心します。

だけど、仕事もちゃんとやらないとおまんまの食い上げ。
ロブは気を取り直して店に出かけますが、店でも問題は山積み。雇っている2人のバイトが2人共、ロブに輪をかけた音楽オタクで、デブのバリー(J・ブラック)などはせっかく来た客を趣味が合わないという理由で追い出す始末。もう1人のディック(T・ルイーゾ)は根暗で客に愛想がないけど、追い出さないだけまだマシか?
「あいつら、週3日の約束で雇ってるのに毎日来るんだぜ」
と、ロブは画面のこちら側にグチをこぼします。

そんな、情けないながらも、どこか憎めない等身大の万年青年ロブが、最愛の女性にプロポーズするまでをロックのリズムにのせて描く恋愛譚です。

この映画、案外、男性に人気があります。というのも、「情けないながらも、どこか憎めない等身大の万年青年ロブ」と自分がシンクロするから。
「これ、俺のことじゃん」「俺も似たようなことやっちゃったよ」と苦笑いしちゃうようなエピソードが詰め込まれてる。だから、思わず感情移入しちゃう。
人はやっぱり『類似性』のある相手に惹かれるんですね。
この映画の原作は、イギリスでベストセラーになったそうですが、読者の『類似性』を刺激して共感を呼ぶというのは本を売る鉄則のひとつなんでしょうね。
30過ぎても40過ぎてもフラフラしてる(と自戒してる)御同輩にはおすすめの1本です。
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by kiyotayoki | 2004-10-25 08:18 | 映画(は行)

『グロリア』(1980 米)

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原題:『GLORIA』(121分)
監督・脚本:ジョン・カサベテス
音楽:ビル・コンティ
出演:ジーナ・ローランズ
    ジョン・アダムス
    バック・ヘンリー
    ジュリー・カーメン

『レオン』といえば思い出すのは、やはりこの作品。
『レオン』の原型(雛形)のような映画ですものね。
創作は模倣から始まるといいますし、これも“あり”だと思います。

オープニングが空撮から入るところがまず同じ。ただ、『レオン』は空撮のカメラ
がうっそうとした森(セントラルパーク)から摩天楼へ向かうのに対し、『グロリア』
は海から摩天楼へ向かって行きます(主人公が女性ですから、大母のイメージ
である海から入るのは妥当な線かも。『レオン』のほうも、森がレオンという男
の心の闇を表しているようでGOOD)。

いきなり、アパートメントで1人を残して家族が惨殺されてしまうところも同じで
す。ただ、『レオン』で生き残るのは12歳の少女マチルダ。こちらは6歳の男の
子フィル(J・アダムス:どうやら映画はこれ1本だけだったようですね)。
それを助けるのは、前者は中年男レオンで、後者は中年女グロリア(G・ロー
ランズ)。前者は殺し屋で、後者はマフィアのボスの元情婦です。
そして2人の命を奪おうと追いかけ回すのは、前者は汚職警官、後者はマフィ
ア。前者はいわば表社会の支配者で、後者は裏社会の支配者。
どちらも巨大な権力とパワーを持っていますから、それに尻をまくるのは骨です。
そういう連中を相手にするのですから、レオンもグロリアも苦労の連続。

とはいえ、庇護する者とされる者の性別を取り替えたことで、テイストはかなり
違った作品になっているのは確か。また同じニューヨークが舞台になっていても、
さすがにNY出身のカサベテス監督とフランス出身のベッソン監督が撮るのとで
は街とそこで生きる人々の雰囲気や描き方がまるで違います。
だから設定は似ていても、どちらも別個の作品として十分堪能できます。

グロリアを女だからといってなめてはいけません。
「グロリア、あんたはすごい。タフでクールで・・・・やさしいよ」
これが公開時の宣伝コピーらしいけど、まさに男が舌を巻くタフさで、様々な
危機を乗り越えていきます。なめてかかった男達はことごとく、グロリアがぶっ
放す拳銃の弾の餌食に。
しかも夜はちゃんとバスタブで疲れを癒し、ボストンバッグに詰め込んだ服の
しわ伸ばしを忘れません。そして前日と同じ服は決して着ないという女らしさ
も忘れないんですから大したもの。

でも、グロリアも生身の人間です。マフィアの掟を熟知している彼女のこと、
その連中にたてをつくことの恐ろしさは彼女自身が一番よく知っています。
そんな彼女の精神安定剤はきっとタバコだったんでしょう。とにかくよく吸って
ましたから(レオンの精神安定剤は観葉植物だったんでしょうね)。
大詰めで、死地に出向き、マフィアのボスと対峙したときも、彼女はゆっくりと
時間をかけてタバコを吸っていました。

ここ一番という時、あなたはどうやって心を落ち着かせますか?
いろんな方法がありますが、クロリアのように習慣になっていることをすると
いうのもいい方法。また、きっとグロリアもそうしたでしょうが、身近なものを
手にするというのも心を落ち着かせるいい方法です。グロリアも手に馴染んだ
ライターを握りしめていたはずです。
そうやって心を落ち着かせたグロリアは、ある決断をして席を立ちます。
さて、グロリアは死地から生還することができるでしょうか・・・・。
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by kiyotayoki | 2004-10-24 09:48 | 映画(か行)

『レオン』(1994 仏・米)

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原題:『LEON /THE PROFESSIONAL 』(111分)
監督・脚本:リュック・ベッソン
音楽:エリック・セラ
出演:ジャン・レノ
    ナタリー・ポートマン
    ダニー・アイエロ
    ゲイリー・オールドマン

『紅の豚』を見ていたら、この映画を思い出しました。
ポルコとマダム・ジーナ、ポルコとフィオ、そしてこの映画のレオンとマチルダ、
どれも結ばれない恋、純愛だからです。

独り者の中年男レオン(J・レノ)と12歳の少女マチルダ(N・ポートマン)の
接点は、NYの同じアパートメントの同じ階に住んでいる、ただそれだけでした。
殺しにかけては凄腕のレオンは黙々と暗殺の仕事をこなし、マチルダは親に
反抗しては暴力を振るわれる日々。
それがある日、一転します。
マチルダの父親の麻薬売り上げちょろまかしが発覚。胴元に家族もろとも
粛清されてしまったのです。胴元はなんと麻薬捜査官ノーマン(G・オールド
マン)とその部下たち。ノーマンたちは捜査で手に入れた麻薬をマチルダの
父親等にさばかせて大金を稼いでいたのです。
たまたま買い物に行っていて難を逃れたマチルダは隣家のレオンに助けを
求めます。渋々それを受け入れるレオン。

その日から2人の共同生活が始まります。当初、レオンは自分の本業を知って
しまったマチルダを殺すことも考えますが、「私も殺し屋になって、弟を殺した奴
に復讐したい」という彼女の熱意に負けて、いつしか狙撃の仕方を教えるまで
になります。また、互いに天涯孤独であるという“類似性”も2人の絆を強める
ことに。人は同じ境遇の相手には“親和欲求”を高めるものなのです。

マチルダにとってもレオンはなくてはならない存在になっていきます。
レオンは自分の父親とは違って強い保護者であり、得難い師であり、また日々
愛すべき対象になっていったからです。
〈そんなのあり得ないよ。むさ苦しい中年男にいたいけな少女が惚れるかぁ?〉
と思う人もいるかもしれません。
でも、それは十分あり得ること。小中学校、あるいは高校の頃、異性の先生に
恋愛感情を覚えたことはありませんか?
心理学では『転移』といいますが、人は親身になって教え導いてくれる相手に
愛着以上の感情、つまり恋愛感情を抱いてしまうことがよくあるのです。
そして、「先生も私のこと、好きみたい」と思い込むことで、ますます相手への
思いを強めていきます。『被愛妄想(エロトマニア)』と呼ばれる心理現象です。

相手もその気なら、恋を成就させるのは簡単ですが、レオンはある悲劇的な
出来事がトラウマになっていて人を愛し愛されることを自ら拒絶してしまって
いる男(人を愛せないので、代わりにレオンは観葉植物に異常なまでに愛情
を注いでいます)。マチルダを愛おしくは思うものの、彼女の愛を受け入れる
ことはなかなかできません。
レオンができるのは、同じベッドに寝てマチルダに枕代わりに腕を貸してやる
ことぐらい。それが精一杯でした(なんだか『バッファロー’66』の2人と似て
ますね。こんなプラトニックな愛の形が、この映画が女性にウケた原因かも
しれませんね)

そんな2人に危機はそこまで迫っていました。捜査官のノーマンがレオンの
居場所を知っているトニー(D・アイエロ:レオンはいつもこの男から仕事の
依頼を受けて暗殺を実行していた)の口を割らせ、スワット部隊に急襲を命じ
たのです。さて、2人の運命は如何に・・・・。
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by kiyotayoki | 2004-10-23 14:02 | 映画(ら行)

『紅の豚』(1992 日)

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英語タイトル『PORCO ROSSO』(91分)
監督・原作・脚本:宮崎 駿
音楽:久石 譲
制作:スタジオ・ジブリ
声の出演:森山周一郎
       加藤登紀子
       桂 三枝
       上条恒彦
       岡村明美
       大塚明夫

ある方のブログサイトで、宮崎駿監督の作品の中でとても評価が高かった
というので見てみたら、これがスゴクいいんです。今まで見た宮崎作品の中
でもベスト3、いやベスト1かもしれない・・・それくらい素敵な作品に仕上がっ
ています。

お話の舞台は、1930年前後(ってことは世界中が不況だった時代)の、
たぶんイタリア半島南部、ギリシャに近いアドリア海。
1903年のライト兄弟による初飛行から20数年、第一次世界大戦を経て、
複葉機から短葉機へと飛行機の性能は向上し、飛行士の腕前次第では
鳥並みに大空を自由に滑空できるようになった、そんな時代に主人公、
飛行艇乗りのポルコ(声:森山周一郎)は生きています。
ひょっとしたらこのころは、飛行機乗りが最も飛行気乗りらしく生きられた
時代だったのかも。

ポルコの職業は、賞金稼ぎ。
この時代のアドリア海は無法地帯で、海賊ならぬ空賊が出没する危険な
ところ。空賊たちは金持ちの所有する飛行艇を襲っては金銀財宝を盗み、
身代金目当てに婦女子を誘拐するなど蛮行を繰り返しています。
そんな連中から盗まれたものを奪い返してやるのがポルコの仕事なんですね。

住処は南海の孤島。外からは見えない入り江の砂浜にテントを張っただけの
わび住まい。でも、男ひとり暮らすにはそれで十分。それにここなら、豚顔を
人にじろじろ見られることもないし、勝手気ままに暮らしていける。
なに人恋しくなったら、愛機でひとっ飛び、近くの島にあるホテル・アドリアーノ
に行けばいい。そこには自分のことを全て理解してくれているマダム・ジーナ
(声:加藤登紀子:宮崎作品には珍しい大人のいい女)がいて話し相手になっ
てくれる。な、俺の人生も捨てたもんじゃないだろ、そうポルコは言いたげです。

でも実のところは、ポルコの人生、それほど安泰ではありません。
いつも痛い目にあっている空賊たちは、アメリカから凄腕の飛行艇乗りカーチス
(声:大塚明夫)を呼び寄せてポルコを海の藻屑にしようと企んでるし、ファシス
ト党が牛耳っているイタリア政府は「豚に国も法律もねえ」が口癖の自由人ポ
ルコを罪をでっち上げてでも捕縛しようと狙っているのですから。

実際、ポルコは飛行中にカーチスに不意をつかれ、撃墜されるはめに。
命に別状のなかったポルコは、飛行艇の修理のため首都にある馴染みの
工場を訪れます。そこで出会うことになるのが、工場主の姪っ子のフィオ(声:
岡本明美:宮崎作品には欠かせない美少女キャラ)、17歳。
この後、フィオは波静かだったポルコの人生に、いい意味で波風を立てる役を
果たすことになります。

お話はそれくらいにして、この映画の最大の謎は、やはり
《なぜポルコは豚顔になってしまったのか》でしょう。
素敵な大人のファンタジーを心理学的に分析するのは野暮かもしれませんが、
あえてそれをするなら、ポルコは戦友たちの死をきっかけに転換性障害(いわ
ゆるヒステリー)に陥ったのかもしれません。
転換性障害は、強いストレスを受けた時にかかりやすい心の病です。
症状は人によって違いますが、突然声が出なくなったり、目が見えなくなったり、
中には手足が動かせなくなる人もいます。
なぜそんな症状が出るかといえば、そうなれば、声を出さなくてすむし、見たく
ないものを見なくてすむからです。症状に逃避してしまうのです。
ポルコの場合は豚顔になってしまった。そうなれば、人は自分を忌避してくれる
し、恋愛沙汰とも関係なくなる。そうすれば結婚式を挙げた翌日に死んだ友にも
顔向けができるじゃないか・・・・、そんなポルコの思いが顔を豚に変えさせてし
まったのではないでしょうか。

でも、心に負った重荷が顔を豚に変えさせたのですから、その重荷が消えれば
顔は元に戻るはず(新興宗教の教祖が車椅子の人を歩けるようにする“奇蹟”
を演出できるのも同じ仕組み)。
さて、それが幸せかどうかは別にして、ポルコは人間に戻れるのでしょうか・・・。
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by kiyotayoki | 2004-10-22 18:08 | 映画(か行)