映画の心理プロファイル

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『レディ・キラーズ』(2004 米)

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原題:『THE LADYKILLERS』(104分)
監督・脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
音楽:カーター・バーウェル
出演:トム・ハンクス
    イルマ・D・ホール
    ライアン・ハースト
    J・K・シモンズ
    ツィ・マー
    マーロン・ウェイアンズ

いつも独特の作風で楽しませてくれるコーエン兄弟によるコメディタッチの
クライム・ムービーです。
オープニングの映像を見ると、画面の色調から風景、バックに流れる音楽、
そして登場する人々に至るまで、みな一昔も二昔も前の雰囲気が漂っていま
す。でも実際の時代設定は現代。
この作品、イギリス映画『マダムと泥棒』(1955:A・ギネス、P・セラーズ他)
のリメイクらしく、監督はその当時の雰囲気をアメリカで出すとしたらこうなる、
と考えたのかもしれません。

舞台は、敬虔なカソリック教徒の黒人が多く住むニューオリンズの片田舎。
その町の唯一ともいえる娯楽施設は、ミシシッピー川に浮かぶ船上カジノ。
主人公の自称“教授”(T・ハンクス)は、その売上金が納められている桟橋
近くに造られた地下金庫からの現金強奪を計画、新聞広告で4人の仲間
を集めます。
教授が目をつけたのは、地下金庫近くの民家。
その地下からトンネルを掘れば、金庫の壁に突き当たるのです。
民家に住んでいるのは、60代の黒人の未亡人(I・D・ホール)ただ一人。
教授は言葉巧みに未亡人に取り入り、部屋を借りると共に、教会音楽の練
習のためと称して地下室の使用権もゲット。
計画はトントン拍子で進むかと思われました。
ところが、そうは問屋が卸してくれません。
集まった4人が、自称プロなのに、そろいもそろってとんでもない食わせ物で
あったことがわかり、計画は変更に次ぐ変更を余儀なくされます。
それでも教授のある種天才的な弁舌のおかげで、未亡人に疑われることは
なかったのですが・・・。

ある仲間のドジが原因で、未亡人にバレてしまったのです。
それも現金奪取に成功した直後に。
教授は未亡人を丸め込もうと頭と舌をフル回転させますが、敬虔なクリスチャン
である彼女はこう宣告します。
「金をカジノに返して、教会に行って許しを乞うんなら警察には言わないでおい
てあげるよ」
その場は渋々引き下がった教授が4人と相談して出した結論は、
「殺すしか手はない」でした。
問題は誰が殺し屋になるか。教授はクジで決めようと提案するのですが・・・。

この映画のトム・ハンクスは、自称教授を演じるために、まるでカーネル・サン
ダースのような格好で現れます。物腰も柔らかで、品も良く、完璧な紳士。
なのに、笑うとその完璧さがちょっとだけ崩れます。
それは、前歯に付け歯を貼り付けているから。
それが完璧な中にいかがわしさを醸し出しているんですね。
ノーブルな外面の中に隠された詐欺師の顔が、笑うとちょっとだけ顔を出すと
いうわけです。

心理学者のマレービアンは、人のどこに好感を覚えるかを調査した人。
それによると、「会話に好感を覚えた」人は全体のたった7%。
「声の調子や抑揚」が38%。
じゃ、何に一番好感を覚えたかというと「顔の表情」で55%。
つまり、どんなに弁舌さわやかでも、顔の表情が暗かったり、無かったりすると
相手に好意は伝わらないということ。逆に、素敵な笑顔の持ち主は一言も喋ら
なくても相手に好感を持たせることができる。だから、ヨン様って人気があるん
ですね。なにせ“微笑みの貴公子”と異名をとる人ですから。
表情にちょっとした味付けをして人物の二面性を醸し出したトム・ハンクス、
さすがです。
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by kiyotayoki | 2004-11-30 11:32 | 映画(ら行)

『わらの犬』(1971 米)

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原題:『STRAW DOGS』(115分)
監督:サム・ペキンパー
原作:ゴードン・M・ウィリアムズ
出演:ダスティン・ホフマン
    スーザン・ジョージ
    ピーター・ヴォーン
    ピーター・アーン
    デヴィッド・ワーナー

『卒業』、『真夜中のカーボーイ』、『ジョンとメリー』、『小さな巨人』、と着実に
キャリアを積み上げていっていたダスティン・ホフマンが、『ワイルド・バンチ』
(1969)で一躍時代の寵児となった監督サム・ペキンパーと組んで世に送り
出した衝撃の問題作です。
舞台は、イギリスの地味ィな片田舎。主役のホフマン以外はたぶんすべて
イギリス人。アメリカ映画とはいっても、色調も雰囲気も英国映画風。
ですから、何の予備知識もなく見始めたら、まさかこれがペキンパー作品だと
は思わないかも。

天体数学者のデヴィッド(D・ホフマン)が妻エミー(S・ジョージ)とアメリカから
その土地へ引っ越してきたのは、静かな環境に隠って研究三昧の生活がした
いという望みがあったから。ここに決めたのは、妻の地元であったことが一番
の理由。
妻エミーは、ノーブラにセーター姿で町を闊歩する自由奔放な女性で、デヴィ
ッドの言葉を借りれば精神年齢は「14歳並み」。甘えん坊なだだっ子タイプ。
当時20歳のスーザン・ジョージが、夫を困らせる若妻の役をイキイキと演じて
います。
一方のデヴイッドは、学者にありがちな堅物タイプ。慎重で事なかれ主義の
男。性格面でも行動面でも水と油のような2人ですから、きっかけは一目惚
れだったんでしょう。で、お互いのことをよく知らないうちに電撃結婚しちゃっ
た。そのせいか、まだ新婚っぽいのに、2人の間には早くも亀裂が入り始め
ています。
エミーの地元への移住は、関係修復のためでもあったのかも。

2人の新居は、田舎町の郊外に建つ古くて堅牢な一軒家。まるでデヴィッド
の精神性を象徴したような家です。エミーには息苦しい家。だから快適に暮
らすため、町の若者を雇ってあちこち修理を始めます。
けれど、それが災いの火種となるのです。
雇われた4人の中には、エミーのかつての恋人がおり、何かと秋波を送って
きますし、他の3人も色っぽい若妻に粗野な欲望を募らせています。
一方で、彼らはデヴィッドには密かに嫌悪の感情を抱いていました。村一番
の美人を手に入れたのが仲間ならまだしも異邦人のヤンキーだったから。
しかもそのヤンキーは粗野な自分たちと違ってインテリ学者ときてる。
嫌悪の感情の出どころは、どうやら劣等感からくる嫉妬心のようでした。

人は自分の中にある劣等感を認めたくない時、問題を外部にすり替えます。
それが嫉妬という形で表に出てくることがあるし、もっと攻撃的な形で表れる
こともあります。
彼らは、最も卑劣な形でその嫉妬の感情をむき出しにします。
デヴィッドを猟へ誘い出し、その間に自宅にいたエミーをレイプしたのです。
これは当時としてはかなり衝撃的なシーンでした。
彼らはデヴィッドにも牙をむきます。
デヴィッドが、彼らの探していた知的障害者(D・ワーナー)ヘンリーをかくまっ
たため、家に押し掛けてきたのです。
妻のエミーは関わり合いになるのを恐れてヘンリーを引き渡そうとしますが、
デヴィッドは頑なに拒否。彼らに渡せばリンチに遭うのは明かだからです。
「この家はボク自身だ。絶対、奴らは入れない!」
それが事なかれ主義だった男の宣戦布告の言葉でした。
手荒に扱うと、すぐにバラバラに壊れてしまいそうな“わらの犬”でも吠え、
敵に立ち向かうことだってあるのです。

仲裁に入った町の有力者が男達に殺されるに至って、事態は抜き差しならぬ
展開に。凶暴化した男達はドアや窓を壊し侵入を図ります。
それを阻止するべく孤軍奮闘するデヴィッド。
いよいよペキンパーの本領発揮。1人対5人の戦争の幕が切って落とされま
す。
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by kiyotayoki | 2004-11-29 10:04 | 映画(わ行)

『真夜中のカーボーイ』(1969 米)

『ブルース・ブラザース』に続く“バディ(相棒)もの”は、いで立ちがソックリな『メン・イン・ブラック』で決まり、
と思ってビデオ棚を探していたら、「アッ!」。
“バディもの”で、この作品を忘れちゃいけませんよね。
アメリカン・ニュー・シネマと呼ばれた作品群の中でも、群を抜く評価を得た作品です。
夜遅かったんですが、さっそく久しぶりに再見。

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原題:『MIDNIGHT COWBOY』(113分)
監督:ジョン・シュレシンジャー
原作:ジェームズ・レオ・ハーリヒー
脚本:ウォルド・ソルト
音楽:ジョン・バリー
出演:ジョン・ヴォイト
    ダスティン・ホフマン
    ブレンダ・ヴァッカロ
    シルヴィア・マイルズ

オープニング。ニルソンの歌う「噂の男」が流れてきて、気分は一気にこの映画を見た当時へタイム・スリップ
(公開当時は、この映画には精神年齢が追いつかず、初見は大学に入ってから名画座で、でした)。
テキサスの片田舎の食堂で皿洗いをしていた若者ジョー(J・ヴォイト)は、一念発起、
大好きなカウボーイスタイルに身を固めバスでNYへ向かいます。
誰に聞いたのか、NYの金持ち女は男を金で買うらしい。だから自慢の肉体さえ駆使すればNYでは左うちわで生活できる、
とジョーはお気楽に皮算用していたのです。

けれど、その道中、断片的に挿入されるジョーの回想シーンを見ていくと、
ジョーがただのお気楽男というわけではないことが徐々に伝わってきます。
幼い頃から母親の実家(祖母)にあずけられて育ったジョーは、愛情とは無縁の生活環境の中で育った男でした。
発達心理学によれば、そういう子が成人すると他人を信用できず、恋愛もうわべだけのつき合いになってしまいがちだといいます。その意味では、金で買う買われる男女の関係は、ジョーにとっては願ってもないことだったのかも。

しかし大都会NYは甘くはありませんでした。
1日足を棒にしてやっと巡り会った有閑マダムは、金をくれるどころかタクシー代をせびってくるし、
街で知り合った小男には騙されてまたサイフの中身を減らす始末。
そうこうしているうちにホテル代もなくなり、ジョーはNY滞在数日で早くもギブアップ状態。
そんな時、ジョーは見つけたのです。自分を騙した小男を。
怒。憤。恨!

しかし、そんな感情をぶつけるには、小男はあまりにもひ弱過ぎました。
始終咳き込み、足をひきずって歩くその姿は、丸一日何も食っていない自分より弱々しく見えたのです。
小男の名は、リッヅォ(D・ホフマン)。
怒る気力をなくしたジョーは、非を詫びたリッヅォに連れられて廃屋の中へ。
そこはリッヅォのあだ名“ラッツォ(ネズ公)”にふさわしい腐った寝ぐらでした。
悪臭も凍る冬でなければ、1分も持たずに逃げ出していたかも。
この日から、大都会のはみだし者同士の情けなくも侘びしい共同生活が始まります。

今回改めて見てみて驚いたのは、ジョーが案外、そんな生活を楽しんでいるように見えたことでした。
日々弱っていくリッヅォの世話を、イヤな顔ひとつせず黙々と、時には嬉々としてこなすジョー。
『共依存』という言葉があります。自分に依存してくる相手の世話をしているうちに、依存されることが生き甲斐になっていく心理傾向を言います。
ジョーは、リッヅォの世話をすることで、生まれて初めて自分が「誰かに必要とされる人間である」ことを実感し、
それに無上の喜びを感じたのではないでしょうか。
親からも世間からも疎まれて生きてきたジョーだけに、その思いは強かったはず。
だからこそ、ジョーはやっとつかみかけた夢を捨ててでも、リッヅォの夢を叶えてやろうとしたのだと思います。
それはリッヅォにとって天国のような土地、マイアミへ行くという夢。
ジョン・バリーが作ったハーモニカによる切ないテーマ曲が流れる中、ジョーは歩けなくなったリッヅォを抱えるようにして、“天国行き”のバスに乗り込みます。

 
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by kiyotayoki | 2004-11-27 10:49 | 映画(ま行)

『ブルース・ブラザース』(1980 米)

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原題:『THE BLUES BROTHERS』(133分)
監督:ジョン・ランディス
脚本:ダン・エイクロイド
    ジョン・ランディス
出演:ジョン・ベルーシ
    ダン・エイクロイド
    キャリー・フィッシャー
    ジョン・キャンディ
    レイ・チャールズ
    アレサ・フランクリン

これぞまさしくバディ・ムービー!といえるかも。
NBCの名物番組『サタディ・ナイト・ライブ』の名コンビによる名物コーナーの映画化ですから、このバディは他のバディとは年季の入り方が違います。
映画は、ジョン・ランディスの指揮の下、歌あり、笑いあり、踊りあり、アクションあり、ホラーあり、カーチェイスあり・・・
とにかくエンターテイメント的要素が渾然一体となってパワフルに進行します。

お話は、ジョン・ベルーシ扮するジェイクが3年の刑期を終えて刑務所から仮出所するところから始まります。
警察のバザーで買ったというポンコツの元パトカーで迎えに来たのは弟(もしかしたら義兄弟?)で
良き相棒でもあるエルウッド(D・エイクロイド)。

育った孤児院が5千ドルの固定資産税の未払いで消え去る運命であることを知った2人は、
修道院長の教えを守って違法行為ではなく真っ当な方法で金を稼いで恩返しをしようと思い立ちます。
昔やっていたソウルバンドを再結成して大コンサートをひらき、その収益金で負債の穴埋めをしようと考えたのです。
2人は昔のバンド仲間を集め、バンド活動を再開。
ところが、志こそ真っ当なものの、やらかすことはハチャメチャ。
だから行く先々でどんどん敵を作っていってしまいます。
まず敵に回したのは警察。続いてネオナチの組織に、仕事をとられたカントリーバンド。
その上、ロケット・ランチャーや火炎放射器まで繰り出してジェイクを殺そうとつけねらう謎の女
(C・フィッシャー)まで現れて、もうてんやわやの大騒ぎ。

黒のスーツに黒の帽子、それに黒のサングラス、と全身黒づくめの2人ですが、
映画も終盤になると、ススや埃で顔や白いワイシャツまで真っ黒に。
「黒」という色は、防御的な心を表す色。孤児院で育った2人にとって、本当に信じられるのはお互いだけ。
それ以外は「信用ならないもの」「敵」と映っていたのかもしれませんね。

そうしたストーリーもさることながら、劇中で披露される様々な音楽もこの作品の大きな魅力。
再結成した「ザ・ブルース・ブラザース・バンド」には名うてのプレーヤーがバンドメンとして参加していますし、
ジェームス・ブラウン、アレサ・フランクリン、レイ・チャールズ、キャブ・キャロウエイといったビッグネームが
自慢の喉を披露してくれます。だからベルーシとエイクロイドのステージもノリノリ。
「ローハイド」から「監獄ロック」まで、ハイテンションで聴かせてくれます。

この映画の2年後、ジョン・ベルーシは『ゴースト・バスターズ』への出演が決まっていたのに、
薬物の過剰摂取が原因で急死してしまいます。
相棒のエイクロイドのその後の活躍を見るにつけ、生きていてくれていたらなあ、と残念でなりません。    

   
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by kiyotayoki | 2004-11-26 11:24 | 映画(は行)

『お熱いのがお好き』(1959 米)

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原題:『SOME LIKE IT HOT』(121分)
監督・製作・脚本:ビリー・ワイルダー
出演:ジャック・レモン
    トニー・カーチス
    マリリン・モンロー
    ジョージ・ラフト
    ジョー・E・ブラウン

ジャック・レモンという役者さんの存在を初めて知ったのはテレビで見た
この映画だったと記憶しています。
もちろん吹き替えで、声は愛川欽也さん。だからジャック・レモンを映画館で
見るようになるまでは、レモンといえばキンキン、キンキンといえばレモンって
感じでした。

この映画でレモンとコンビ(バディ)を組むのは、同い年のトニー・カーチス
(カーチスといえば、声はやっぱり広川太一郎さん)。
お話は禁酒法時代のシカゴから始まります。
その頃のシカゴといえば、マフィアが血で血を洗う抗争を繰り返していた時代。
バンドマンのジョー(T・カーチス)とジェリー(J・レモン)は、たまたま立ち寄
った駐車場で有名な聖バレンタインの大虐殺を目撃してしまい、コロンボ(G・
ラフト)というボスが率いるギャング一味に命を狙われるはめに。

2人は追っ手をかわすため、女ばかりの楽団に女装して紛れ込みます。
楽団は仕事でマイアミへ行くことになっていて、危ないシカゴから離れたがって
いた2人にとっては好都合だったのです。
自己紹介で、ジョーはジョセフィーン、ジェリーはダフネと名乗ります。
その楽団に歌手として所属していたのがシュガー(M・モンロー)。
マイアミへ向かう寝台列車の中で、この映画のハイライトとなる苦笑・爆笑シー
ンがあります。
ジェリー(レモン)を女だと思っているシュガーが狭い寝台に潜り込んできたの
です。全身からフェロモンを発しているシュガーにぴったりくっつかれたジェリー
が「俺は女だ、俺は女だ」と必死に自分と自分の“息子”に言い聞かせるシーン
は秀逸!
そんなジェリーより、もっとシュガーの虜になってしまったのはジョーでした。
マイアミに着くと、ジョーはシュガーの気をひくため、大富豪の御曹司に化けて
彼女に近づきます。というのも、シュガーは甲斐性なしのトランペット吹きと
別れたばかり(実はジョーもトランペット吹き)で、「今度はお金持ちとつき合い
たい」が口癖だったから。
ジョーは他人の大型ヨットを無断で借りて、そこでシュガーと甘い一夜を過ごす
んですが、ここがまたこの映画のもう一つのハイライトシーン。
自分は不感症で女性を受けつけない体だというジョーの言葉を信じて、シュガ
ーが「私が治してあげる」と、ジョーの唇にとろけそうなキスの雨を降らせるの
です。不感症のフリをしているジョーは、なんとか冷静さを保とうとしますが、
あまりの気持ち良さに息も絶え絶えに。
かけていたメガネは吐息でアララ真っ白!

けれど、2人の甘いひとときは長続きはしません。マイアミにコロンボ一家が
乗り込んできたからです。
この映画、ただのコメディと思ったら大間違い。結構な銃撃戦もあるサスペンス
映画でもあるんです。
監督は、2002年に惜しくも95歳でなくなった巨匠ビリー・ワイルダー。
ジャック・レモンはワイルダー監督とのコンビで、これ以降も秀作を何本も世に
送り出すことになります。
このワイルダー監督と、精神分析学の祖フロイトには共通点がいくつもあるこ
とをご存じ?
2人ともオーストリアのウィーン出身で、前後して祖国から逃げ出します。
というのも2人ともユダヤ人だったから。ナチスドイツの迫害を恐れての行動で
した。ワイルダーはフランスからアメリカへ。フロイトはイギリスへ渡り、アメリカ
へ行くという話もありましたが、そこで寿命が尽きて亡くなってしまいます。
当時の映画界と精神分析学会はユダヤ人が牛耳っていたので、2人の他、
多くの才能がヨーロッパから脱出し、アメリカへ渡りました。
そのため、戦後はヨーロッパから一転、アメリカが映画と精神分析学の中心地
になっていくのです。       
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by kiyotayoki | 2004-11-24 09:54 | 映画(あ行)

『おかしな二人』(1968 米)

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原題:『THE ODD COUPLE』(105分)
監督:ジーン・サックス
原作・脚本:ニール・サイモン
出演:ジャック・レモン
    ウォルター・マッソー
    ジョン・フィードラー
    ハーバート・エデルマン

個人的には“バディ・ムービー”の原点ともいえる作品です。
今回のバディは、その後も何度も共演することになる名コンビ、ジャック・レモン
とウォルター・マッソー。脚本は、都会的なコメディを書かせたらピカイチの
ニール・サイモン。映画の舞台は大都会ニューヨークです。

かつて、“飛び降り自殺を止めるシーン”の収集を趣味にしていたことがありまし
た。飛び降りようとする人の気持ちを変えさせるため、映画ごとに様々な心理テ
クニックが駆使されているからです。
でも、この映画は残念ながらそのリストから漏れてしまいました。
というのも、せっかく(?)ジャック・レモン扮するフェリックスがホテルの窓から
飛び降りようとしたのに窓が開かない!しかもムリに開けようとしてフェリックス
はギックリ腰に。それで飛び降りるのを断念しちゃうんですね。心理テクニックも
何もあったもんじゃない(そういえば初めてNYへ行った時に泊まったホテルも
古くて窓が開かなかったなぁ)。
フェリックスが自殺しようとしたのは、離婚が原因でした。
自殺を断念したフェリックスはフラフラと親友オスカー(W・マッソー)のアパート
へ。その夜は仲間内恒例のポーカーの日だったんですね。
スポーツライターをしているオスカーは、離婚に関しては先輩格。
離婚して日が経っているせいか、ズボラな性格のせいか、部屋は乱れ放題。
季節は夏なのにエアコンはナシ。しかも冷蔵庫はだいぶ前から故障中で、
部屋は生ゴミの腐ったニオイが充満。それでも平気なのがオスカー。

そんなズボラな友人の部屋にフェリックスは転がり込み、同居することになるの
ですが、オスカーは後に「同居しよう」と勧めたことを後悔することに。
というのも、フェリックスはオスカーとは正反対の性格。几帳面で無類の潔癖
性。しかもアレルギー体質で、敏感肌の持ち主。
なもので翌日から、フェリックスは環境が自分に合うように部屋の大改造を始め
てしまいます。あれよあれよという間に、ゴミためのようだった部屋はチリひとつ
ない清潔な部屋へ。トランプのカードまで消毒してしまう徹底ぶり。
これにはオスカーも「独身男2人の部屋が、お袋の部屋よりきれいだなんて!」
と、唖然。
ある日など、オスカーが帰りに一杯ひっかけていい気分で帰ってくると、
「遅れるなら電話しろ!」とフェリックスから大目玉をくらってしまいます。
実はフェリックス、料理が得意で、毎日5時きっかりに仕事から帰っては凝った
料理を作ってオスカーの帰りを今か今かと待っているのです。
   ※フロイトによると、授乳期にトラブルを抱えた人ほど食通になるといいま
    す。早く離乳させられたり、満足に母乳が飲めなかったりすると、乳児
    はフラストレーションをため込んでしまう。それが形を変えて「食へのこ
    だわり」になってしまうのだとか。  

「いい加減にしてくれ!」
ついにオスカー、キレちゃいます。

こんな凸凹コンビのおかしな共同生活が絶妙のセリフまわしで綴られていくの
がこの『おかしな二人』。30年後に続編『おかしな二人2』が作られましたが、
見るならやはりこちら。
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by kiyotayoki | 2004-11-23 09:57 | 映画(あ行)

『ハード・プレイ』(1992 米)

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原題:『WHITE MEN CAN’T JUMP』(115分)
監督・脚本:ロン・シェルトン
出演:ウェズリー・スナイプス
    ウディ・ハレルソン
    ロージー・ペレス
    ティラ・フェレル

『クライング・ゲーム』と同じ年に公開された映画で、印象に残っている作品の
ひとつです。ていうか、個人的にバディ・ムービーって割と好みなんです。

この映画でバティ=コンビを組むのは、ウェズリー・スナイプスとウディ・ハレル
ソンの2人。当時、29歳と30歳ですから、スクリーンから2人の若いエネルギ
ーがあふれ出してきます。

舞台はアメリカ西海岸のベニスビーチにある青天井のバスケットコート。
シドニー(W・スナイプス)は2on2のストリートバスケの賭け試合で稼いだ金で
妻のロンダ(T・フェレル)と子供を養っている男。だからバスケの腕はプロ並み。
そこへある日、バスケ好きの白人がやってきます。
シドニーからすれば白人はジャンプもろくにできない連中(原題もこれ)ですから
カモが向こうからやってきてくれたようなもの。
そこで、ビリー(W・ハレルソン)と名乗ったその男をおだてて賭け勝負をやらせ
ることに。
ところがビックリ、ビリーは見事にシュートを決め、賭けはシドニーの完敗。
実は、ビリーも素人のフリして相手を油断させて賭け金をせしめるセミプロの
ハスラーだったのです。
一杯食わされた形となったシドニーは、ビリーの腕を見込んでコンビを組もうと
申し出ます。シドニー同様金に困っていたビリーは、同棲しているグロリア(R・
ペレス)の反対には耳を貸さず、二つ返事で承諾。
以来、2人はコンビを組んで、賞金稼ぎに精を出すようになります。

2人は口八丁手八丁で賞金を稼ぎまくりますが、そこは勝負事、肝心な時に
負けては借金を増やすはめに。そこで2人はスポンサー付きのトーナメントに
出て優勝賞金を狙うことにします。今までになく真剣な2人。ガチンコ勝負です
から当然です。そして、2人は実力で見事に優勝賞金5千ドルをゲット!
やるときゃやります、この2人。おかげで友情指数もうなぎ登り。
男はメンツを重んじ、自尊心を高めたがる生き物。だから、メンツと自尊心を高
め満たしてくれる友人には『好意の返報性』が働いて最大限の好意を返そうと
します。人種の壁を越えて2人は“マブダチ”になったのです。

これで終わればめでたしめでたしだったんですが、
懲りない2人にさっそく悪いクセが・・・。
山分けした金を賭けて一発勝負!と2人の間で話が即、まとまっちゃった。
結果はビリーの負け。賞金はすべてシドニーの手に。
あらら、さっそく“マブダチ”解消です。
それを聞いてグロリアは激怒、家を出ていってしまいます。そこへやってきた借
金取りにビリーはヤキを入れられ、もうボロボロ。弱り目に祟り目とはこのこと。

さて、ビリーは立ち直れるのでしょうか。
シドニーは“マブダチ”を放っておけるのでしょうか。
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by kiyotayoki | 2004-11-22 11:59 | 映画(は行)

『クライング・ゲーム』(1992 英)

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原題:『THE CRYING GAME』(113分)
監督・脚本:ニール・ジョーダン
出演:スティーヴン・レイ
    ミランダ・リチャードソン
    フォレスト・ウィテカー
    エイドリアン・ダンバー
    ジェイ・デヴィットソン

『ザ・コミットメンツ』に続いて、「イギリス映画、やってくれるじゃない」と思った衝撃のラブサスペンスです。

舞台は北アイルランドの中心都市ベルファースト。イギリス軍の黒人兵士が複数の男達に拉致されるところからお話はスタートします。
黒人兵士ジョディ(F・ウィテカー)を誘拐したのは、アイルランド統一を目指す武装組織IRA(アイルランド共和軍)の闘士たち。
一応の和平合意(1998)が成った最近でこそ物騒なニュースは聞こえてきませんが、この映画公開時はまだ紛争の真っ最中。武力ではイギリス軍に劣るIRAはテロや拉致を繰り返していました。当時の北アイルランドは、今のイラクのような状態だったんですね。

彼らがジョディを人質にとったのは、イギリス軍に捕まった仲間を解放させるため。
猶予は3日。しかし、イギリス軍がそんな要求をのむわけもなく、ジョディの余命はあと3日と決まったようなものでした。
死の恐怖に苛まれるジョディの唯一の救いは、見張り役のファーガス(S・レイ)が心優しい男だったこと。その優しさは、タブーを破って自分の名前を名乗ったところにも表れていたような気がします。人は、名を名乗り、名乗られることで互いに相手に親近感を抱くようになるのです。
以前、『狼たちの午後』でも紹介しましたが、『ストックホルム症候群』といって敵対する犯人と人質が心を通わせてしまう現象があります。ファーガスとジョディもまさにそれ。語り合ううちにどんどん心を通い合わせていきます。
そして、死を覚悟したジョディはファーガスにあることを頼みます。
それはロンドンにいる愛する女性に「キミを愛していた」と伝えてくれ、というものでした。
3日目、ジョディはファーガスの手で処刑されることに。
けれどその前に、皮肉にもジョディはIRAのアジトを急襲したイギリス軍の装甲トラックによって命を落としてしまいます。

イギリス軍の攻撃を逃れて行方をくらましたファーガスは、イギリスの首都ロンドンで新しい生活を始めていました。
彼がロンドンに住み着いた理由は2つ。
いつ終わるとも知れない戦いに空しさを感じ、逃避したかったため。
そして、もちろんジョディとの約束を守るため。

昼間は美容院で、夜はバー「メトロ」で歌っているというジョディの恋人ディルに会ったファーガスはその美しさ心を奪われます。ひとめぼれでした。
けれど、相手は自分が殺したも同然の男の恋人。
ファーガスは当然のごとく悩みます。ディルに真実を告げずに、このまま深みにはまってよいものか・・・。
一方のディル(ジェイ・デヴィットソン)もファーガスに思いをよせはじめます。
けれど、ディルにもファーガスに言い出せない秘密がありました。口に出せば、生まれたばかりの恋が一瞬にして消えてしまうことは明かでした。
その秘密とは・・・。

そんな悩み多きファーガスの前にIRAの同志が現れます。
IRAは裏切りを許さない組織。粛清されたくなければ要人を暗殺せよ、とファーガスに命じます。もし拒むなら、つき合っている女の命はない、とも。
IRAはすでにファーガスの身辺を調べ上げていたのです。

国と国との間にある越えがたい壁、宗教と宗教との間にある越えがたい壁、そして人と人、男と女との間にある越えがたい壁。それらは高く、強固で、越えるのは一見不可能に思えます。
でも「越えられない」という思い込み(固定観念)さえ心から消し去ることができれは、そんなもの案外簡単に越えられるものなんだよ・・・、この映画はそう教えてくれているような気がします。
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by kiyotayoki | 2004-11-21 10:05 | 映画(か行)

『ザ・コミットメンツ』(1991 英)

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原題:『THE COMMITMENTS』(118分)
監督:アラン・パーカー
原作:ロディ・ドイル
出演:ロバート・アーキンズ
    マイケル・エイハーン
    アンジェリナ・ボール
    マリア・ドイル
    ディヴ・フィネガン

イギリス映画って意外に面白い!と思った最初の作品です。

アラン・パーカーというと、『ミッドナイト・エクスプレス』とか『ミシシッピー・バーニング』とか、
重たいテーマの作品しか当時は見ていなかったし、
映画の舞台がアイルランドの首都ダブリンというので、地味ィで寒々としたお話かな・・・
と思ったら、なんのなんの軽妙さとパワフルさを合わせ持った素敵な青春群像劇に仕上がっていました。
やっぱり映画って見てみなきゃわからないものですね。

主人公のジミー(たぶんR・アーキンズ:この映画に出てくる役者はこの作品のために
オーディションで選ばれたらしく無名の人が多い)が夢中になっているのは、
若い頃なら誰もがちょっぴりは夢見たことのある“バンドづくり”。
普通、バンドをつくる動機というと、「自分が歌いたい」とか「演奏したい」からというのが多いもの。
ところがジミーは変わったヤツで、自分は「裏方、マネージャーだ」と自覚しています。
映画で言えば、役者ではなく監督かプロデューサーになりたいヤツなんですね。
ジミーはそれまで何度もバンドづくりに失敗してきたらしく、
今度こそは自分の思い通りの“ソウルバンド”をつくるぞッという意気込みで新聞に「メンバー募集」の広告を出します。
すると、思いのほか反応が良くて、いろんな連中がオーディション会場であるジミーの自宅にやってきます。
でも、訪ねてくるのはハズレばっかり。
中には、「人が並んでるからヤクの密売かと思って」なんてヤツまで。

そんな努力の甲斐あって、なんとかメンバーが集まります。
それがそろいもそろって個性的なヤツばかり。悪く言えば自己チューなヤツばかり。
まあ、アーチストになろうって人は自己チューじゃなきゃ大成はしないと思いますけど。
それでも、さすがに厳選しただけあって、みんな結構な腕前。
特にヴォーカルのデコの歌は迫力があって、思わずサントラを買いたくなっちゃうほど。
バンド名も『ザ・コミットメンツ』と決まって、ライブ活動を開始。すると、客の反応も良くて、
インディーズレーベルからデビューしないかという話まで舞い込むようになります。
でもそこは自己チューたちの集まり。バンドの常ではありますが、意見や感情の対立、
方向性の違いから、早くもバンド崩壊の危機がやってきます。

考えてみたら、この映画の登場人物だけでなく、人は誰でも自己チューなところがあります。
心理学者のロスが面白い心理実験をしているんですが、
夫と妻それぞれに、家事20項目について、自分は何%位分担してやっているかを
聞いてみたところ、ほとんどの項目が足すと100%を超えていたのだとか。
つまり、夫も妻も自分のやっていることを過大評価していたんですね。
自分はこれくらいはちゃんとやってるって。
夫は「自分はこれだけ努力しているのに妻はそれを評価してくれない」
妻は「自分ばかり家事をやって、夫は何も協力してくれていない」
と思ってる。これじゃあ、夫婦喧嘩が絶えないわけです。
つまり、みな自己中心的に物事をとらえているということ(反省しなくっちゃ)。

普通の人だってそうなのに、さて、自己チューのかたまりのような連中がバンドを維持していけるのでしょうか。
この作品、いかにもイギリス映画!という結末を用意してくれています。
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by kiyotayoki | 2004-11-20 13:00 | 映画(さ行)

『少林サッカー』(2001 香港)

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原題:『SHAOLIN SOCCER 少林足球』(112分)
監督・脚本:チャウ・シンチー
出演:チャウ・シンチー
    ン・マンタ
    ヴィッキー・チャオ
    パトリック・ツエー

公開当時ワールドカップを翌年に控えていたこともあって、地元だけでなく
日本でも大ヒットした超パワフルな爆笑コメディです。

主人公のシン(C・シンチー)は、少林寺拳法の修行で“鋼鉄の脚”を手に入れ
た若者。けれど、修行の成果は現実世界では受け入れられず、くず拾いをし
て生活費を稼ぐ毎日。履いているスニーカーは修行時代からの愛用品なの
かボロボロで親指のあたりには大きな穴まで空いています。
そんなシンと、かつてはサッカーの花形選手だったものの脚を骨折して以来
サッカークラブの雑用係にまで落ちぶれていた男ファン(N・マンタ)が出会っ
たことから、お話は弾み始めます。
シンの超人的なキック力に惚れ込んだファンは、夢のサッカーチームを作ろう
と思い立つのです。メンバーとして白羽の矢を立てたのは、シンと共に少林寺
拳法の修行をしたかつての兄弟子や弟弟子たち。
彼らもシン同様、修行で身につけた能力を活かすことなく生活に追われる日
々。そんな彼らをひとり一人尋ね歩き、チームへの参加を募るところ辺りは
『荒野の七人(あるいは御本家『七人の侍』)』を彷彿とさせる場面。
そのせいか、当初チームには6人しか選手がいません。残りの5人は草サッ
カーで負かした素人チームから調達(これは数合わせなので、その後の試合
ではいないも同然ですが・・・)。
こうして結成された少林チームは、2年に1度開かれる全国大会に出場、1回
戦からいきなり旋風を巻き起こします。
そしていよいよ決勝戦。
相手は魔鬼(デビル)団。実は、この魔鬼団のオーナーハン(P・ツエー)は、
今でこそサッカー界のドンとして君臨していますが、若い頃は二流のサッカー
選手で、当時花形だったファンに嫉妬し、謀略でその脚を折らせた張本人
だったのです。
ハンは優勝するために、審判団を味方につけ、筋肉増強剤を使って少林チー
ムに負けない超人軍団を作り上げ試合に臨みます。
超人対急造超人の戦いですから、試合はマアすごいのなんの・・・。

この作品、スポコン漫画風の恋愛映画としても楽しむことができます。
主人公のシンは、街で見かけた饅頭作りの少女にひとめぼれをします。
ユングの説を借りれば、人がひとめぼれをするのは、男ならアニマ(心の中に
ある理想の女性像)、女ならアニムス(心の中にある理想の男性像)を刺激さ
れるからのようなんですが、その少女の名はムイ(V・チャオ)。
習い覚えた太極拳で饅頭を作るムイの姿に、シンは自分の中の理想の女性
像をオーバーラップさせたんでしょうね。
自分の容姿にコンプレックスを抱いていたムイは、最初は頑なでしたが、
だんだん一途なシンに思いを寄せ始めます。
ところがシンは根っからのスポコン男。恋のなんたるかを知らないんですね。
ていうか、友への愛と恋人への愛の区別がつかない単細胞男。
だから、せっかくいい雰囲気になり始めたのに、ムイの気持ちに気づかず、
彼女を泣かせるはめに。
ムイ役のヴィッキー・チャオが健気で可愛いだけに、
試合の行方と共に、その恋の行方もちょっぴり気になる映画ではあります。
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by kiyotayoki | 2004-11-19 09:07 | 映画(さ行)