「ほっ」と。キャンペーン

映画の心理プロファイル

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『スモーク』(1995 米)

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原題:『SMOKE』(113分)
監督:ウェイン・ワン
原作・脚本:ポール・オースター
音楽:レイチェル・ポートマン
出演:ハーヴェイ・カイテル
    ウィリアム・ハート
    ストッカード・チャニング
    ハロルド・ペリノー
    フォレスト・ウィテカー
    アシュレイ・ジャッド

もう4年以上前になりますが、何を血迷ったか友人に誘われてニューヨーク・シティ・マラソンに出場したことがあります。スポーツクラブで30分走るのがやっと(今じゃ20分弱^^;)の人間がフルマラソン大会に出るなんて無謀極まりない話ですが、友人の誘い文句「観光じゃ味わえないNYを堪能できるよッ」にまんまと乗せられちゃったン。
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コースはスタテン島からブルックリン、クイーンズと北上し、クイーンズボロー橋を渡ってマンハッタン島へ。そこからまた北上してブロンクスを巡ってまたマンハッタンへ戻り、ゴールのセントラルパークを目指すっていう42.195キロ。
確かに堪能しました。けど余裕があったのは最初の15キロ位まで。後は街並みを愛でる余裕なんかあるはずもなく、延々と続く道をただひたすら苦行僧みたいに歩くのみ。
結局、6時間近くかかってなんとかゴール。でも、地下鉄を出てホテルへ戻るまでの数百メートルはもう地獄でした。気力・体力はとっくに品切れ。筋肉は金縛りにあったみたいに硬直して動かない。しかも11月のNYは夜になるとかなり寒くて、ここで倒れたら大都会の片隅で凍死するんじゃないかと本気で思いましたもの。

この映画の舞台は、マンハッタン島の対岸にあるブルックリンのとある街角。
もしかしたら撮影に使われた街角をマラソンで走り抜けたかも。沿道で僕たちランナーに声援を送ってくれた人たちは、この映画に出てくる登場人物たち同様、いかにも下町の人って感じで笑顔も温かでしたし。
このお話の主人公オーギー(H・カイテル)も、とっつきは悪いけど実は気のいい煙草屋のオヤジです。店にはいつも下町気質丸出しの常連客が集っていますが、なかでちょっと異色なのがポール(W・ハート)というインテリ男。小説家なんですが、銃撃事件に巻き込まれて妻が死亡して以来、仕事には手がつかない様子。オーギーはそんなポールをさりげなく気遣う心優しい男なのです。
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オーギーの趣味は、毎朝同じ時刻(8時)に同じ場所(店の前)で写真を撮ること。それを続けてかれこれ14年。同じ絵柄ばかりの写真がアルバムにして何冊も保管されてる。
一見何の役にも立たない趣味。ところがそれが傷心のポールを立ち直らせることになるんですね。というのも、数年前のある日の写真に亡き妻が写っていたから。活き活きとした妻の姿に励まされたのか、翌日からポールは久しぶりにタイプライターの前に座ってキーを叩き始めます。
そんな、ささやかな、けれど心温まるエピソードが章立てで綴られていきます。

そうそう、考えてみると、この映画に登場する男たちは一部の例外を除いて、みんな心優しい男たちばかり。それも、ただの優しさじゃない。生きていくうちに体験するいろんな痛み。その痛みを知っているからこそにじみ出てくる優しさっていうか。
この映画を見ていると、男も捨てたもんじゃないなと思えてきます。

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心が温か~くなるエンディングも見逃せません。未見の方は是非。
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by kiyotayoki | 2005-05-30 20:43 | 映画(さ行)

『ウェルカム・トゥ・サラエボ』(1997 英)

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原題:『WELCOME TO SARAJEVO』
    (105分)
監督:マイケル・ウィンターボトム
原作:ダミアン・ジョーンズ
    マイケル・ニコルソン
脚本:フランク・コットレル・ボイス
出演:スティーヴン・ディレイン
    エミラ・ヌシェヴィッチ
    ウディ・ハレルソン
    マリサ・トメイ
    ゴラン・ヴィシュニック

この作品、実は数日前にアップした『ミッシング』と同じ夜に見たんですが、どちらも心にかなりズシンとくる映画だったため、間にコメディをはさんだりして気を取り直しての掲載となりました。

『ミッシング』は1973年、動乱のチリが舞台でしたが、こちらは1992年のサラエボ。つい最近の出来事です。当時の日本といえば、バブルが崩壊したとはいえ、ほとんど誰もが安穏とした生活を送っていた時代。けれど、東欧の片隅ボスニア・ヘルツェゴビナでは悲惨な内戦が繰り広げられていたんですね。

サラエボの街を嬉しげに歩く一団。これから結婚式を挙げる花嫁とその家族です。どの顔も笑顔また笑顔。
が、次の瞬間、その笑顔がこわばります。前を歩いていた母親らしき女性が銃弾を受けてその場にくずおれてしまったから。彼女はビルのどこかに潜む狙撃手の標的にされたのです。
事の起こりは、ソ連を中心とした東側諸国の崩壊と民族主義の台頭。
それは旧ユーゴにも飛び火し、スベロニア、クロアチアが独立したのに続き、このボスニアでも独立の機運が高まりました。
ところがここで悲劇が。ボスニアは複数の民族で構成された地。クロアチア人とムスリム人は独立に賛成していましたが、セルビア人は反対。そこに隣国セルビア共和国が出ばってきます。ボスニア内のセルビア人を支援するという名目でセルビア軍は国境を越え、首都サラエボを包囲してしまうのです。そのため、つい昨日まで仲のいい隣人だった者同士が民族が違うというだけで敵対することに・・・。

この映画の主人公は、原作者の1人でもあるイギリス人ジャーナリストのマイケル・ニコルソン(S・ディレイン)。冒頭の花嫁の母の悲劇も彼の実体験に基づいたエピソードなのでしょう。
サラエボの市民たちの間では「危険な通りを渡る時は3人目を避けろ」と言われていたそうです。というのも、狙撃手は1人目でターゲットを見つけ、2人目で狙いをつけ、3人目で撃つと噂されていたから。
当時、各国の報道陣はこぞってサラエボに入り、熾烈なスクープ合戦を繰り広げていました。
彼らにしてみれば死体は被写体のひとつ。センセーショナルな事件ほどニュースのトップを飾れるというので、各社は競い合うように悲惨な現場にかけつけます。そんな彼らですから映像を撮るのに忙しくて、傷つき救いを求める市民の声に応じる気配はありません。
そんな報道姿勢に疑問を抱いたマイケルは、地味で他が目を向けない戦争孤児への取材を始めます。そして、そこで1人の少女エミラと運命の出会いをすることになるのですが・・・。

ドキュメンタリーフィルム交えつつ戦争の厳しい現実を努めて感情を抑えて描いたのは『ひかりのまち』や『CODE46』で知られる英国人監督マイケル・ウィンターボトム。
いかにも米国人らしいジャーナリスト・フリンを演じるのは、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のウディ・ハレルソン。孤児たちを国外に脱出させるボランティア役でマリサ・トメイも出ています。
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また、TVドラマ『ER』でクロアチア人医師コバッチュを演じるゴラン・ヴィシュニックが主人公を助けるサラエボ市民のひとりとして印象的な演技を披露しています。

「人間の二大欲求はエロス(生への欲求)とタナトス(死・破壊への欲求)である」と言ったのはフロイトですが、生命を産み育む性である女性はエロス欲求が強く、生命を産み出すことに直接関われない男性はどうもタナトス欲求が強いようです。なにしろ自殺者数は、男は女の3倍にも
なるそうですから。
そういう意味で、戦争の責任は自分も他者も破壊したがる男性にあるといっても過言ではないようです(T_T)。
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by kiyotayoki | 2005-05-29 15:49 | 映画(あ行)

愛・地球博 EXPO2005

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タダ券をいただいたので、仕事をなんとか木曜日にやり終えて、名古屋でやってる『愛・地球博』へ行ってきました(睡眠4時間^^;)。

聞きしに勝る混雑ぶり!
しかも、開門時間の朝9時から、閉門時間(午後10時)近くまでいたのでもう疲労困憊!
地球の明日を考える余裕もなく、パビリオン巡りに徹してまいりました^^;。

急なことで、インターネットによる事前予約などはできるはずもなく、人気の企業館で入れたのは、当日予約のために小一時間並んだ「三井・東芝館」だけ。
ここでやっていたのは「スペースチャイルドアドベンチャー グランオデッセイ」という映像モノ。
目玉は、来場者も映画にヴァーチャル出演できるというところ。
そのため、来場者はまず1人ずつ3Dスキャナーで顔情報を読みとってもらうことになります。すると、映画の中に登場する宇宙船の乗組員の誰かとして登場しちゃうのです。
ボクの役どころは、「ガーディアン」という守備隊のリーダー(!)。
かなりオイシイ役でした。
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まあ、いろいろ楽しめましたが、一番の収穫はオランダから借りてきたという日本オオカミの剥製が見られたことかな。よくお邪魔するacoyoさんさんのお宅のご近所には日本オオカミの剥製らしきものが店頭に飾ってある店があるらしいんですが、見たのは正真正銘の日本オオカミの剥製。
それがとても貧弱なんです。
痩せてて毛並みも悪くて「ごめんなさい。もう俺たち生きてく力がありません。先に絶滅させてもらうけど悪く思わないでね」って涙目で訴えかけてるような・・・。
そんなふうに聞こえたのは、いつ私らの番が回ってきてもおかしくないと思えたからなんでしょう。
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by kiyotayoki | 2005-05-28 14:55 | 閑話休題

オバちゃんの知恵袋

最近は週2回が定着してしまったスポーツクラブ通い。
行くのはだいたいお昼前後なので、まわりで運動していらっしゃるのは中高年の女性がほとんど。
この年代の女性の皆さんは運動半分おしゃべり半分という方が多いですね。
まあ、そんなに必死に運動する必要もないし、井戸端のない今の世の中、コミュニケーションの場としては病院の待合室よりもずっと健康的でいいかも。
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そんなオバさまたちと一緒にプールのジャグジーに入っていたりすると、聞きたくなくっても会話の内容が聞こえてきます。
昨日の話題の中心は、日曜日までやってた「浅草三社祭」でした。
「さっき娘に訊かれたんだけどさ、三社祭の三社って何と何と何だっけ?」
「三社祭り・・・、そうねえ、浅草寺と神田明神と、あと何だろね」
「えーとね、あら~出てこないわねえ。最近、物忘れが激しくてさあ」
「あたしもだよぉ、アハハハ」「アハハハ」「しょうがないねえ、アハハハ」

って、物忘れの問題じゃないと思うんだけどな。
「浅草寺と神田明神と、あと何」っていうのは、三社祭じゃなくて江戸の三大祭のことじゃないかなあ。三社祭の三社って確か浅草寺のことだもん。
・・・と思いつつ、でもそれ以上の知識がなかったんで聞いてないフリをしておりました。

気になってあとで調べてみたんですが、いやあ、調べてみるもんです。
浅草神社は浅草寺のご本尊を隅田川の川底から引き上げた3人の功労者を祀る神社だったんですって。で、親しみをこめて「三者様」「三社様」と称したんだとか。そこから生まれたのが「三社祭」だったんですね。
で、三大祭りのほうも意外なことが。
昔は江戸の三大祭りといえば、「みこし深川、だし神田、だだっ広いのが山王祭」っていって神田明神の神田祭と日枝神社の山王祭と深川八幡の神幸祭だったんですって。
えーっ、三社祭は入ってなかったんだ。
神田祭と山王祭は、江戸時代には“天下祭り”といわれていて江戸城に繰り込むことが許されていたんで、もう別格扱い。
あとの1つが昔は神幸祭だったのが、最近は規模と知名度から三社祭にとって代わったみたいなんですね。
ただ東京の下町、根津のほうでは「何いいやがる。根津権現祭があとの1つに決まってらぁ」ってことらしいんですけどね。

東京で暮らしはじめてもう長いのに、こんなこと調べたのは初めてのこと。
そのきっかけを作ってくれたオバさまたちに感謝しなくちゃいけないかな^^;。
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by kiyotayoki | 2005-05-24 20:21 | 閑話休題

『メル・ブルックス/新サイコ』(1977 米)

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原題:『HIGH ANXIETY』(98分)
監督:メル・ブルックス
脚本:メル・ブルックス
    ロン・クラーク
    ルディ・デルカ
    バリー・レヴィンソン
音楽:ジョン・モリス
出演:メル・ブルックス
    マデリーン・カーン
    クロリス・リーチマン
    ディック・ヴァン・パタン

『ヤング・フランケンシュタイン』(1974)でホラー映画をパロったメル・ブルックス監督が、この映画ではヒッチコック作品のパロディに挑戦しています。

お話のベースになっているのは『白い恐怖』(1945)と『めまい』(1958)。
お話は監督・脚本も務めるメル・ブルックス扮する精神病理学者ソーンダイク博士がサンフランシスコ郊外の療養所に赴任してくるところから始まります。けれど、博士を受け入れる病院側の態度はなぜか冷ややか。この辺りの展開は『白い恐怖』と同じ。赴任した博士が高所恐怖症(high anxiety)なのは『めまい』からの拝借モノ。
冷ややかな理由は、所長代理のモンタギューと看護婦長ディーゼルが手を組んで、金持ちの患者はたとえ全快しても退院させず重症患者病棟に閉じ込めて高額な利益を手中にしていたから。その発覚を恐れた2人は殺し屋を雇ってソーンダイク博士の命を狙わせます。
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キャラが断然強烈なのは看護婦長のディーゼル(写真中央のおばさん)。
見た目は北国の魔女風(実際、箒に乗って飛ぶ?シーンもあります)。婦長のユニフォームも凝っていて、胸が異常に突き出ていて、まるでオッパイから角が生えてるような感じ。
そんな強烈おばさんがいるせいか、怪女マデリーン・カーンがおしとやかな美女に見えてしまうほど(今回は金髪好きのヒッチコックを意識してか金髪で登場します)。

パロディ・シーンも満載で、『鳥』(1963)をマネたシーンではブルックスは襲ってきたハトの落としモノで糞だらけ。『サイコ』(1960)の有名なシャワールームでの惨劇も愉快にパロディ化されています(包丁ならぬ丸めた新聞紙を手に襲ってくる男を演じているのは、後に『レインマン』を監督するバリー・レヴィンソンだそうです)。また、ヒッチコック独特のカメラワークもギャグに使われていて笑いを誘います。

音楽担当のジョン・モリスもヒッチコック映画の座付作曲家バーナード・ハーマンを思わせるスコアを書いてハラハラドキドキニコニコエヘヘ感をアップさせてくれています。
ところで、車のウィンカーの点滅は1分間に70~80回と決められているんだとか。これは少し緊張した時の心拍数。事故は右左折時によく起こるので、ウィンカーのチカチカ音を心拍数より早めに設定すると、それを耳にしているドライバーの心拍数まで高めさせ注意を促す効果があるからのようです。その点はサスペンス映画の音楽の心理効果と似ていますね。
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by kiyotayoki | 2005-05-23 12:10 | 映画(ま行)

『元大統領危機一髪/プレジデント・クライシス』(1996 米)

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原題:『MY FELLOW AMERICANS』
   (100分)
監督:ピーター・シーガル
脚本:ジャック・カプラン
    リチャード・チャップマン
    ピーター・トラン
出演:ジャック・レモン
    ジェームズ・ガーナー
    ダン・エイクロイド
    ローレン・バコール
    ジョン・ハード

前回の『ミッシング』はアメリカという国家の暗部をえぐり出した作品でしたが、こちらは主演は同じジャック・レモンでも「アメリカの良心ここにあり!」といった内容の作品。
久しぶりに見直してみましたが、コメディ映画としては傑作の部類に入るんじゃないかしらん。とにかく面白いんです。サスペンスタッチのコメディで脚本がしっかりしてる上に、主演がジャック・レモンと好漢ジェームズ・ガーナーときてる。しかも共演陣もダン・エイクロイドにローレン・バコール、ジョン・ハードと多彩。なのになんで劇場公開されなかったんでしょ。

何より魅力的なのがキャラクター設定!
レモンは元アメリカ大統領(共和党)、ガーナーは前アメリカ大統領(民主党)、そして、エイクロイドは現アメリカ大統領(共和党)なのです。3代大統領揃い踏みという、ある意味すごい豪華版の配役!
レモン扮するクレイマー元大統領とガーナー扮するダグラス前大統領は犬猿の仲。2度の大統領選で競い合い、互いを罵倒し合って1勝1敗。政党も違えば、一方はケチ、一方は女好きときていて性格も水と油。その関係は職を退いても変わりません。
クレイマーは相変わらず女遊びに余念のないダグラスを冷ややかな目で見ていますし、ダグラスは日本企業にスポンサーになってもらったり自叙伝を売ったりして小銭を稼いでいるクレイマーを小馬鹿にしています。
そんな2人が呉越同舟、手をたずさえて国中を逃げ回るハメになっちゃうんですから、さあ大変(^O^)。

その原因を作ったのは現大統領ヘイニー(D・エイクロイド)。ヘイニーはクレイマーが現職だった頃は副大統領職にあった男。その頃受け取った裏金が事件として公になりそうだと知ったヘイニーとそのブレインは当時現職だったクレイマーに罪を押しつけようと画策するのです。
その噂を聞きつけたのが前職のダグラス。彼はそれをネタに現大統領を追い落とせば自分が大統領に返り咲けると色気を出して内情を調べ始めます。
しかし大統領側は甘くなかった。強大な権力を使い、NSA(国家安全保障局)のエージェントに命じて邪魔なダグラスと“死人に口なし”を狙ってクレイマーの2人をまとめて事故死に見せかけて殺そうと画策。
コメディじゃなかったら相当シリアスな作品になりそーな内容なのです。

その難を危うく逃れてから、いよいよ2人の珍道中、いや珍逃避行が始まるんですが、まあ、これが楽しいったら(脚本家の腕の見せどころですね)。
なにせ2人は認知度ナンバー1の大統領だけに、トイレで立ちションしただけで田舎のおっさんをビックリさせてしまいます。その一方で、まさか田舎町にシークレット・サービスも無しで大統領がいるとは誰も思わないから“そっくりさん”タレントに間違われちゃったり。
そんな旅をし庶民と直に触れ合ううちに、2人はホワイトハウスでは決して味わえなかった経験もします。それは貧困にあえぐ庶民の姿であったり、不法移民問題であったり、またゲイ社会の広がりであったり・・・。

もちろんコメディですから最後はハッピーエンドになるんですが、オチがまたふるってる上に「何度オチをつければ気がすむの?」ってほどサービス精神が旺盛!
どんなオチかは見てもらうしかありませんが、最後近くにレモン扮するクレイマーがガーナー扮するダグラスに言う別れの言葉には味わいがあります。
「私はキミが嫌いだ。・・・でも、また会いたくなると思う」

ここで心理学的解説をするのはヤボってもんですが、この文脈が逆で、
「また会いたくなると思う。でも、私はキミが嫌いだ」じゃ随分と相手の受け取る印象が違ってきますよね。
『まず相手を批判してから、最後にホメると相手は言った人の言葉を信用し好感を持つ』これは対人関係を良好に保つ重要な心理法則なのです。

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惜しむらくはタイトル。劇場公開されなかったためか、すごい安直な題名なんですよね。なんかもっとマシなタイトルはなかったのかしらん。原題は「親愛なる国民の皆さん」。大統領がスピーチの時によく使うフレーズです。
 
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by kiyotayoki | 2005-05-22 12:05 | 映画(ま行)

『ミッシング』(1982 米)

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原題:『MISSING』(122分)
監督:コンスタンタン・コスタ=ガヴラス
原作:トーマス・ハウザー
脚本:コンスタンタン・コスタ=ガヴラス
    ドナルド・スチュワート
音楽:ヴァンゲリス
出演:ジャック・レモン
    シシー・スペイセク
    ジョン・シーア
    メラニー・メイロン

心が“痛くなる”映画ってあるものですが、これはまさにそんな作品です。
見るつもりはなかったのに、最近のウズベキスタンでの政府軍による暴動鎮圧事件のニュースを見聞きしているうちに、なぜか古い作品が並ぶビデオ棚から取り出して夜中に見入ってしまいました。

映画は実話がベースになっていることが最初に告げられます。
舞台は、1973年9月のチリの首都サンティアゴ。
実は、きちんとした年代や場所が特定されているわけではないんですが、見ているうちに「ああ、これはあのアジェンデ政権を崩壊させた軍事クーデターのさなかに起こった出来事なんだな」ということが薄々わかってきます。

戒厳令下の街。至る所でクーデター軍に射殺された市民の死体がまるでカラスについばまれたゴミ袋のように無惨な姿をさらしています。そんな殺伐とした街で妻ベスと2人で暮らしていたアメリカ人の若者チャールズが、ある日忽然と姿を消すのです。
何かの嫌疑をかけられてクーデターを起こした軍に捕まったのは明か。

知らせを受けて急遽現地へ飛んできたチャールズの父エドワード(J・レモン)とベス(S・スペイセク)との気まずい再会。というのも、保守的な実業家のエドワードは左翼かぶれの若い夫婦の言動に以前から批判的だったから。今度の事件もエドワードにしてみれば「そら言わんこっちゃない。私の忠告を無視するからこんな事に・・・」的な出来事だったのです。
それでも事前の議員への陳情が功を奏してか、現地の大使館は全面協力を約束してくれます。でも、事態はいっこうに好転せず。チャールズの行方は知れないまま。
それどころか、今回のクーデターにはなんと2人の祖国の情報機関であるCIAがバックについていたことが暗に判明。2人はCIA寄りの態度をとる大使館への不信感を次第に強めていくことに・・・。

敗色濃厚だったベトナムでの失点を、超大国は南米で取り返そうとしていたのでしょうか。CIAは当時の社会主義政権転覆のため、旧体制側に資金や情報を提供したことが後の公聴会で明かにされています。しかし、そのために何千人の市民の血が流れたことか・・・。アメリカの若者はその政変に巻き込まれてしまった、とばっちりを食ってしまったのです。

国民のための国家が、国家のエゴのために国民の生命を軽んじる・・・、その矛盾・怒り・嘆きを映画はエドワードとベスの2人を通して私たちに切々と訴えかけてきます。大義のためなら多少の犠牲はやむを得ないと考える国家とはいったい何なのか。何のために存在するのか・・・。
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病院や死体置き場を巡り歩いて必死に我が子、我が夫を探す2人の姿を見ていると、先日の電車脱線事故を思い出さずにはいられません。また、ジャック・レモンの哀愁を帯びた顔、元々猫背の背中をもっと丸くして悩む姿には心を締めつけられます。
唯一の救いは、わだかまっていた2人の心が最後には解け合ったことでしょうか。
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by kiyotayoki | 2005-05-20 13:10 | 映画(ま行)

『ヴィレッジ』(2004 米)

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原題:『THE VILLAGE』(108分)
監督・脚本:M・ナイト・シャマラン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ブライス・ダラス・ハワード
    ホアキン・フェニックス
    エイドリアン・ブロディ
    ウィリアム・ハート
    シガニー・ウィーヴァー

『シックスセンス』や『アンブレイカブル』のナイト・シャマラン監督作品です。

シャマラン監督の作品というと、まず独特の世界観を丹念につくり込んでおいて、観客がその世界に馴染んだところを見計らって大どんでん返しをかます、というのが定石のようになっていますが、この作品もそのパターンが踏襲されています。
できあがった先入観や固定観念をくつがえされる快感っていうんでしょうか。人間ってどん欲でそんな事にも快感を覚える生き物なんですね。
ただ今までの作品とちょいと趣が違うのは、サスペンス・スリラーというよりはスリラーチックなラブストーリーに仕上がっている点でしょうか。

オープニング。死んだ子供の埋葬シーンで映る墓石に1890-1897と刻まれているので、時代は19世紀末か。森の中に孤立し文明とは無縁の生活ではあるものの、信仰心厚い村人達はつましくほがらかに、そして一致団結して暮らしていました。ただし、奇妙な掟に縛られて・・・。
その掟とは、
①森は魔物の棲む魔界なので、一歩たりとも足を踏み入れてはならぬ。
②赤は不吉な色。見つけたら目に触れぬようにすべし。
③黄(キャメル)色は幸運の色。森と村の境界を守る者はその色を身にまとう
 べし。・・・etc.

けれど、村の若者ルシアス(J・フェニックス)は掟を破ってでも森の先にある町へ行きたいと切望していました。薬さえあれば村の子の命は救えたのに、という思いがあったから。
それでも幼い頃から植え付けられてきた魔物への恐怖心は並大抵のものではなく、数歩森に入っただけで逃げ帰ってしまいます。
でも数歩とはいえ掟を破ったことに変わりはなく、それを機に村には次々と不吉な出来事が起こり始めるのです。
と、これがお話のイントロ。これ以上、内容に踏み込むとまだ見ていない方に申し訳ないので触れないでおくことにいたします。

この作品には、ウィリアム・ハートやシガニー・ウィーバーといったベテラン俳優が出ていて、このお話の雰囲気をしっとりと醸し出してくれているんですが、主演の盲目の女の子を演じたブライス・ダラス・ハワードって、監督でかつては俳優でもあったロン・ハワードの娘なんですってね。
彼女、1981年生まれらしいので、84年にロン・ハワードがつくった現代のおとぎ話のような映画『スプラッシュ』は自分の幼い愛娘に捧げた作品だったのかも。
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by kiyotayoki | 2005-05-18 13:10 | 映画(は行)

『ターナー&フーチ/すてきな相棒』(1989 米)

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原題:『TURNER&HOOCH』(99分)
監督:ロジャー・スポティスウッド
原案・脚色:デニス・シュリアック他
音楽:チャールズ・グロス
出演:トム・ハンクス
    メア・ウィニンガム
    クレイグ・T・ネルソン
    レジナルド・ヴェルジョンソン

今回、トム・ハンクスの映画を年代をさかのぼる形で3作見てみましたが、89年に公開された本作になるとさすがに若い(!)ですね。撮影時は32歳ですから若いのは当然かな。まだ肉体に自信があったのか裸になるシーンが随所にあって、女性ファンは目の保養になるかも(??;)。

異様なまでに潔癖性の主人公が渋々犬を飼うはめになる話といえば、『恋愛小説家』(1997)を思い出しますが、それ以前にそういや同じ設定でこの作品があったんですね。それぐらい印象が薄くなりがちな作品ではありますけれど。

でも、見所はちゃんとあります。ええ、トムの裸だけじゃありません^^;。
今回の彼の役どころは、小さな港町にある警察署の捜査官スコット・ターナー。あと1週間で大都市サクラメントへ転任することが決まっており、今は新任の黒人刑事ディヴ(R・ヴェルジョンソン:『ダイハード』でブルース・ウィリスを助ける警官を演じた人)に仕事の引継ぎを行っているところ。とはいえ平和な町のこととて、大した案件はないのですが。そんなわけで、ディヴとしては仕事のことより、ターナーの病的な潔癖性のほうが気になる様子。
余談ですが、サクラメントってカリォルニア州の州都なんですね。あ~知らなんだ。お恥ずかし。ってことは、この港町はサンフランシスコのちょっと北辺りにあるのかなぁ。

そんな平和な町で殺人事件が勃発!被害者は船上生活者でターナーもよく知るエーモス爺さん。エーモス爺さんはどう猛な大型の番犬を飼っていて、ターナーはその犬が大の苦手でしたが、遺体が発見されるまで付き添うようにそばにいたのはその番犬フーチでした。
飼い主を失った犬を不憫に思ったターナーはフーチを自宅へ連れ帰りますが、その仏心がアダになっちゃうんですねぇ。
夜は吠えまくって寝かせてくれない。昼間は洗濯室に閉じ込めておいたら頭突きでドアを破って家中荒らし放題。きちんと整理整頓されたターナー家は一夜にして廃墟のような有様に。
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フーチはボルドー・マスティフ種。マスティフ種は古代ローマ時代には軍用犬、闘犬として飼われていたといいますから、急に慣れない家に連れてこられたら、それぐらいのことはしてしまうのかも。
そんなフーチとターナーがどうやって心を通い合わせていくかってところが、この作品の大きな見どころ。
事件のほうは、フーチの鼻がものをいって一気に解決へ向かって走り出します。
結末は、犬好きの人たちの間では賛否両論出そうな感じですが、犬好き・犬嫌いに関わらず、それなりに楽しめるライトコメディに仕上がっているのは確か。あるインタビュー番組ではトム・ハンクス自身「大好きな映画」と言っていたそうですし。

一般的に、犬好きの人は「支配欲求(サド的傾向)」が強く、猫好きの人は「隷属欲求(マゾ的傾向)」が強いと言われていますが、さて、あなたはいかが?
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by kiyotayoki | 2005-05-17 18:50 | 映画(た行)

『プリティ・リーグ』(1992 米)

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原題:『A LEAGUE OF THEIR OWN』
   (125分)
監督:ペニー・マーシャル
原作:キム・ウィルソン
    ケリー・キャンディール
脚本:オーウェル・ガンツ
    ババルー・マンテル
音楽:ハンス・ジマー
出演:ジーナ・デイヴィス
    トム・ハンクス
    マドンナ
    ロリ・ペティ
    ビル・プルマン

ペニー・マーシャルとトム・ハンクスが『ビッグ』(1988)に続いてコンビを組んだ爽やかな感動作です。
トム・ハンクスが太りだしたのはこの作品あたりからではなかっかなぁ。
でも、この作品で太ったのは役作りではあったようです。
トムが演じるのは、膝を悪くしたために大リーグのホームラン王からアル中の投げやりなダメ監督に転落してしまった男ジミー・ドゥーガン。飲んでくだを巻くだけの生活を送っていたためにブクブク太っちゃったという設定。
心理学的にいえば、足が悪いことを言い訳にして自堕落を決め込んでいる『自己ハンディキャップ』男なのです。
そんな男に任されたのが新しくできた女子プロ野球チーム「ロックフォード・ピーチズ」の監督の仕事でした。

実はこの映画、第二次世界大戦中の1943年、大リーガーたちの大量出征でプロ野球の灯が消えかかっていた頃のお話。そんな中で発足したのが全米女子プロ野球リーグだったのです。
オレゴン州の田舎町で趣味で野球を楽しんでいたドティ(G・デイビス)とキット(L・ペティ)はスカウトの目にとまり、入団試験を受けるためにシカゴへやってきます。
2人は見事試験に合格しますが、用意されていたユニフォームを見て唖然!だってフリフリのミニスカートなんですから。自分たちが見せ物であることを痛感する選手たち。
でも彼女たちはめげたりはしません。そんなことより、大好きな野球を大リーグの球場で、しかもお金をもらってできることのほうが嬉しかったから。
なのに監督ときたらベンチで酔っぱらって寝てるだけ。
それでも彼女たちはめげません。それより試合ができる喜びのほうがうんと大きかったから。
それに嬉しいこともありました。最初は好奇の目で見ていただけだった観客が、試合を重ねるごとに本気で応援してくれるようになったのです。つまり、彼女たちの実力を認めたということ。

こういう映画を見てると、アメリカには野球という文化が男女の差も身分階級の差もなく根付いてるんだなということを実感します。それに、「よいものはよいと認める」アメリカ人の“善良なる気質”に惚れ直しもします。大国の論理を押しつけてくるあの傲慢さを忘れてしまうほどに。

そんな彼女たちのひたむきさ、野球にかける熱い思いは監督ジミーの消えかかった情熱にも火をつけます。さあ、いよいよピーチズの快進撃が始まるか・・・ってところでそうは問屋が卸さない事情がいろいろ出てきて物語は二転三転しはじめのですが、さて・・・。

この映画でいちばん輝いているのはやはり、チームの要のキャッチャーで、イチローばりの背面キャッチも披露してくれるドティ役のジーナ・デイヴィスでしょう。前年に公開された『テルマ&ルイーズ』に続くヒットで、大女でもスターになれることを実証してくれました。
あ、それに、マドンナもこの映画ではあまりイヤミなく彼女らしさを発揮してましたね☆彼女の歌うエンディング・テーマ『THIS USED TO BE A PRAYGROUND』もいい曲でした。

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by kiyotayoki | 2005-05-15 23:35 | 映画(は行)