映画の心理プロファイル

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『ホルテンさんのはじめての冒険』(2007 ノルウェー)

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原題:『O' HORTEN』(90分)
監督・脚本:ベント・ハーメル
音楽:
出演:ボード・オーヴェ
    ギタ・ナービュ
    ビョルン・フローバルグ
    モリー

不思議な味わいの映画を、試写会で観た。
『ホルテンさんのはじめての冒険』という可愛らしいタイトルのついた
ノルウェーの映画である。
ノルウェー映画といって思い出すのは人形アニメの
『ピンチクリフ・グランプリ』(1975)ぐらい。まったくの未知の国だ。
恥ずかしながら王国だってことも知らなかった。
でも、知らないってことは、興味がわくということでもある。
さて、未知の国の人はどんな映画を作るのか、興味津々でスクリーンに見入った90分だった。

主人公は、ノルウェー鉄道の機関士として40年間、真面目に勤め上げ、数日後に定年を迎えるオッド・ホルテンさん。
驚いたのは、その年齢。67歳だって!かの国では67まで現役で働けるんだね。
でも考えたら、長寿・少子化の時代、60代はお爺ちゃんお婆ちゃんとは呼べない位まだ若いし。
あちらのシステムのほうが理にかなっているんじゃないかしらん。

謹厳実直を絵に描いたようなホルテンさん。常時パイプを薫らし、煙を出して歩くので、旧式の蒸気機関車みたいにも見える人。長身で肩幅もあり、ものに動じない風格もある。
だけど見ていくうちに、この人かなりの不思議ちゃんで、しかも小心者でもあることが判明する。

まず、厄介なことが起きると、その場から逃げ出す癖があるのです。
定年退職を迎えた朝、ひょんなことから人生初の遅刻をし、運転するはずの列車に乗れなかったときがそう。
駅にかけつけたホルテンさん、ホームに同僚の姿を見つけた途端、スタコラと逃げ出したのだ。
しかも、そのあとは家に引きこもって、鉄道会社からの電話にも一切出ない。
あららら、ホルテンさん、こんな人だったの・・・。さすが未知の国の映画は人物設定もユニークだ。

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どうやらホルテンさん、人間関係を築くのが苦手な人のようなのだ。
とにかく口が重い。この歳で独身だし、家で飼っている生き物といえば小鳥だけ。
趣味のパイブだって、口にくわえていればしゃべらなくてすむ口実になるからかも。
ヨットという意外な趣味もあるけれど、それもよく考えれば海でならひとりになれるからなのかもね。
ホルテンさんがいくらか積極的に喋るのは、定宿としているホテルの女主人と、痴呆症の母親と相対しているときだけ。

だけど、決して人間嫌いじゃないんだな。自分の関心のあることや人となら、わりと積極的に交流を持つ。
しかも、妙に行動力もあって、自分の目的を達成するためなら入っちゃいけないところ(空港の滑走路や深夜のプールや他人の家)にも平気で入り込む。
そのせいで、空港じゃ警備員に捕まっちゃうし、プールじゃ靴をなくしたために女性物のハイヒールを履くはめになっちゃうし、他人の家からはなかなか出られなくて初遅刻の原因になっちゃう。
このあたりのエピソードは、Mr.ビーンの20年後を見ているような心持ちでありました。
そう、この映画、ユーモアがあちころちにちりばめられたコメディなのです。

なのに、劇場内の笑い声が控えめなのは、そのユーモアが押しつけがましくないせいなのかも。
これ見よがしに「ここ、笑いどころですよっ」と押しつけてこないのだ。このあたりの慎み深さも国民性なのかな。

見たところ、こんなホルテンさんが40年もの間、謹厳実直に大過なく仕事をまっとうできたのは、ひたすらレールの上を走るだけという職業のおかげだったのかもしれない。
けど、その仕事はなくなった。ということは、これからはレールから外れた生活をするということ。
ホルテンさんの人生が脱輪していくのは必然だったのかも。

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さて、そんなホルテンさんの唯一の心残りは、冒険心を封印してきたこと。
ホルテンさんの母親は冒険心あふれる人で、若い頃は女性スキージャンパーの草分け的存在として名を馳せた人だったようだ。
なのに恐がりなホルテンさんは、スキージャンプとは無縁の生活を送ってきた。
そんな自分が情けないホルテンさんだったのだけれど、ある人の一言がホルテンさんに一歩踏み出す勇気を与えることになります。

その言葉とは・・・

「人生は手遅ればかりだが、逆に考えれば何でも間に合うということだ」


この言葉に力を得、あることを実践するためにホルテンさんがとった行動は・・・・
いやあ、ちょっと「オヨヨ」な驚きがありました(^^ゞ。
どんな風に「オヨヨ」なのかは、ぜひご自分の目で。


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ちなみに、映画のポスターでホルテンさんが抱きかかえている犬の名前はモリー。
エンドロールを見たら、本名もモリーでした(^~^ゞ
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by kiyotayoki | 2009-01-30 19:42 | 映画(は行)

『グリーンフィンガーズ』(2000 英・米)

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原題:『GREENFINGERS』(91分)
監督・脚本:ジョエル・ハーシュマン
音楽:ガイ・ダガル
出演:クライヴ・オーウェン
    ヘレン・ミレン
    デヴィッド・ケリー
    ウォーレン・クラーク

このところ英国映画づいているので、今までずっと手を付けずにいたこの作品も観てみることにした。 
タイトルになっているグリーンフィンガーとは、イギリスの口語で「園芸の才能がある人」「天才的庭師」という意味だそうな。

映画のストーリー展開はガーデニング版『フル・モンティ』といった感じ。
罪を犯して人並みの人生から落ちこぼれた受刑者たちが、フラワーショウへの出品を通して生き甲斐を見出し再生していくお話。
先日、ご紹介した『やわらかい手』にしても、それから『キンキーブーツ』にしても、主人公が生き甲斐を見つけて前向きに生きていくってところは同じ。
手を替え品を替え、英国映画はこの手の作品がほんとに十八番(おはこ)になっちゃってる感じだな。

主演は、クライヴ・オーウェン。
ちょっと“うどの大木”っぽくて、掴みどころのない俳優さんだなぁと思うんだけど、最近の作品ではどうなんだろ。
主人公のコリンは殺人の罪で十代の終わりに受刑し、人生の半分近くを塀の中で無気力に過ごしてきた男。
そんな男に転機が訪れる。
自然豊かなコッツウォルズにある開放型の更正刑務所に移送されたのです。
この刑務所には、高い塀もなければ部屋にカギもない。
外界との接触をゆるやかに保ちながら、囚人たちに職業訓練を施して更正の手助けしようという施設なのです。
コリンはここで、たまたまガーデニングの仕事を与えられ、仲間になった受刑者と共に
土を掘り返し種や球根を植えていくうちに、仲間に心を開き、生きる意欲を取り戻していく。

このお話、実話が元になっているらしい。たぶん映画に登場した開放型刑務所と、そこの受刑者たちがハンプトンコートのフラワーショウに出品したというエピソードが実際にあったんだろう。
いい話ではある。
でも、刑に服するってこんな楽でいいのかしらんっていう疑問はやっぱり最後まで頭にまとわりついてしまう映画でもある。
ただ、植物や動物とふれ合わせることで、命の大切さ、奉仕することの喜びを体感させることが受刑者の更正に役立つことは確かだと思う。
実際、米国などでは殺処分されしまう犬を刑務所が引き取って、しつけを覚えさせ里親に引き渡す奉仕活動を受刑者たちにやらせることで更正に役立てる試みが実際に行われて、効果をあげているそうだし。

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“うどの大木”風のクライヴ・オーウェンはいまひとつだけど、共演者は魅力的。
主人公に植物を育てる楽しみを教えてくれる同じ房の受刑者の老人、その味わい深い顔、どこかで見たと思ったら、『チャーリーとチョコレート工場』のジョーじいちゃんじゃありませんか。
また、受刑者たちに王立園芸協会の主催するフラワーショーへの道を切り開いてくれる高名な園芸家には、ヘレン・ミレン。
そういえば、彼女が主演した『カレンダーガールズ』(2003)も、主人公たちが生き甲斐を見つけて前向きに生きていく映画でありましたね。


日本にもこの手の“人生の負け組が自分たちで生き甲斐を見つけて前向きに生きてく”映画はないかしらん・・・




あ、『フラガール』って、それっぽいかな?
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by kiyotayoki | 2009-01-27 11:31 | 映画(か行)

最近、気になったこと。

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20日に行われた第44代オバマ大統領就任式は、
約200万人の大観衆が見守る中行われたという。

氷点下の中、行われた就任式。招待された松沢神奈川県知事でさえ6時間待たされたというんだから、一般客はどれだけ待たされたことか。
トイレどうしたんだろ。
歴史的な場に居合わせたいという気持ちはわからないでもないけど、ホントにご苦労様なことでした。

左の画像は、Googleに地上の高解像度画像を提供する予定の人工衛星GeoEye-1が、地上423マイル(約681km)の高さから撮影したもの。
議事堂前だけでも相当な人の数だ。

これをもっと引いて見てみると、こんな感じになっちゃう。

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ところどころ薄墨を落として滲んだようになっているところが人の密集してる場所。
最後尾は1㎞ぐらい離れてそうだから、議事堂がやっと見える程度だったんだろうね。

で、気になったのは、オバマの演説をどうやって聴いたか。
きっとブロックごとに拡声器が設置されていて、それで聴いたんだろうけど、
音速って秒速340mぐらいだから、音の伝わり方は案外遅い。
自分のそばの拡声器の音だけが聞こえるんならいいけど、手前や後ろの音が遅れて聞こえてきて聞きづらかったんじゃないだろうか、・・・って見ていて心配になっちゃったのでした。
実際はどうだったんだろ。


もうひとつ、最近気になるのが大河ドラマ。
だけど、気になるのはドラマの内容じゃない。
どこが気になるかというと、まず涙のシーンがやたら多いこと。

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特に、昨年の『篤姫』は、主人公が女性ということもあって、涙、また涙のシーンが繰り返された。
だけど、それに文句を言いたいわけじゃない。
気になるのは、泣くとき、片方の目からしか涙が流れないことなのだ。

いつもみていたわけじゃないけれど、篤姫はだいたい右目からしか涙がこぼれ落ちないようだった。左目は潤みはするけれど、涙があふれてこない。
なぜ?

目にも右利き・左利きというのがあって、涙が出やすい目、出にくい目というのがあるんだろうか。

それとも、右脳・左脳理論がここでも通用するのかしらん。
右脳は芸術・感情面をつかさどり、左脳は理知・計算面をつかさどるといわれてる。
そして右脳は左半身を、左脳は右半身とつながってる。
ということは、泣きたいほど感情的になっているときは右脳が活性化していることになるから、
左目のほうが涙が出やすいと考えられる。
なのに、篤姫の流す涙は右目からばかりだ。
ということは、理性をつかさどる左脳が活性化してるってこと?
ってことは、彼女の涙は、計算づくの涙だったってことなのか・・・?
ま、女優だから、当然なのかもしれないけれどね。

うーん、真相はいかに・・・。
気になります。
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by kiyotayoki | 2009-01-24 18:14 | 閑話休題

『プルートで朝食を』(2005 愛・英)

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原題:『BREAKFAST ON PLUTO』(127分)
監督・脚本:ニール・ジョーダン
原作・脚本:パトリック・マッケーブ
音楽:アンナ・ジョーダン
出演:キリアン・マーフィ
    リーアム・ニーソン
    ルース・ネッガ
    ローレンス・キンラン
    スティーヴン・レイ

随分前に録画していた作品。
ここんところ英国映画づいているので、その勢いを力にやっと鑑賞。面白かった♪
実のところ、キリアン・マーフィーのきれいだけれどちょっと病的にも見える顔が苦手で、観るのを後回しにしていたのだけれど、いやいやなんの、お話が進むにつれ彼の顔がどんどんキュートに見えてきたのでした。

不思議なタイトルだなと思っていたけれど、
プルートって、ギリシャ神話で冥界の王とされる神様で、冥王星につけられた名前なんだね。
でも、冥王星って惑星の仲間から外されて準惑星になった天体だよね。
この映画が作られた頃はまだ惑星だったと思うけれど、
惑星から仲間はずれにされちゃった冥王星って、まさにこの映画の主人公を言い表しているようで、余計に意味深&象徴的なタイトルなってしまった感じだ。

というのも、主人公パトリック・“キトゥン”・ブレイデンは、ゲイだから。
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主人公がゲイで、監督がニール・ジョーダンとくれば、すぐに思い出すのは『クライング・ゲーム』だけれど、主人公の置かれた状況は『クライング・ゲーム』のそれより過酷と思える。キトゥンが生まれたのは紛争まっただ中のアイルランドなのだから。

国が紛争や戦時体制にあると、中途半端は許されない。白か黒か。敵か味方か。はっきりさせなきゃならないし、それを強いられる。
なのに主人公は、男と女の境さえはっきりしないゲイなのだ。
ただでさえゲイの生きづらい時代(70年代?)だったのだから、キトゥンの人生がイバラの道になるであろうことは想像するに難くない。
実際、キトゥンの身には幾多の苦難がふりかかる。

・・・なあんて風に書くと、悲惨で暗~いお話かと思うかもしれませんが、
あにはからんや、この作品、コメディタッチなのです。しかもファンタジー仕立てにもなってる。
赤ちゃんの頃捨てられた性同一性障害のキトゥンの少年期からの波乱の人生が36章にわけられて軽快なテンポで綴られてく。
単純計算で、ひとつのチャプターにつき平均3分半!テンポがいいわけだ。
しかも、各章が盛りだくさんの70年代ポップスで彩られていて、音楽を聴いているだけで楽しくなっちゃう。
音楽に関しては、ジョーダン監督自らが選曲にあたったそうだ(作曲に名のあるアンナ・ジョーダンは監督の孫で、ピアノ曲を作って提供したんだそうな)。

キトゥンは、どんなに悲惨な状況下であっても、明るさを忘れず、自分に正直に生きていく。
そんなキトゥンにまわりも感化されて、つい手を差し伸べたくなってしまう。
そんな人と人のつながりを、時にシリアスに、時にハートフルに紡ぎ上げたジョーダン監督の力量に脱帽。
未見の方には、おすすめの一作です。



予告編のバックに流れる曲は、この映画の中でも使われている「風のささやき」。
映画『華麗なる賭け』のテーマ曲です。
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by kiyotayoki | 2009-01-21 12:09 | 映画(は行)

『007 慰めの報酬』(2008 英・米) そして、 パトリック・マクグーハン

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先行ロードショーで、007の22作目、『慰めの報酬』を観てきた。

いやあ、とにかく目まぐるしい映画でありました。
しっとりしたドラマが得意なマーク・フォースター監督、初のアクション映画ってことでちょっと力みすぎたかな?

前作で愛するヴェスパーを亡くしたボンドはますますストイックになり、ますます『ボーン』シリーズのジェイソン・ボーンに似てきた。
そういやボンドとボーン、名前も似てるな。

終始画面に釘付けになってたし、決して面白くなかったわけじゃない作品の内容については、映画がしばらく落ち着いてからにしようかな。
というのも・・・・

原題:『QUANTUM OF SOLACE』(106分)
監督:マーク・フォースター
脚本:ポール・ハギス他
出演:ダニエル・クレイグ
    オルガ・キュリレンコ
    マチュー・アマルリック

というのも、昨日、残念な訃報を耳にしてしまったから。
1960年代後半、NHKで放送された英国製の不条理ドラマ『プリズナーNO.6』。
中学の頃、わけのわからない内容に戸惑いながらも毎週欠かさず固唾を呑んで観たものです。
このドラマで超クールな主人公NO.6を演じていたパトリック・マッグーハン(マクグーハン)が13日、亡くなったそうだ。 

下のYouTubeの映像は、ドラマの懐かしいオープニングシーンです。



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「ここは?」
「村だ」
「要求は?」
「情報だ」
「誰の味方だ?」
「いずれわかる。秘密を吐け。情報だ」
「しゃべるものか」
「何が何でもしゃべらせる」
「お前は?」
「新No.2だ」
「No.1を出せ!」
「お前はNo.6だ」
「番号で呼ぶな! 私は自由な人間だ!」
「ウハッハハハ」

テレビで見知った俳優さんというのは、毎週顔を合わせることもあり、映画俳優とはまた違った愛着がある。
しかも、いろんなものを貪欲に吸収する小中学生時代に出会った俳優さんはなおさらだ。
特に、パトリック・マッグーハンは、小学生低学年の頃から『秘密指令』『秘密諜報員ジョン・ドレイク』などで馴染みの俳優さんだっただけに、思い入れもひとしお。
その思い入れが頂点に達したのが『プリズナーNO.6』だった。

マッグーハンさん、実は映画『007』のジェームズ・ボンド役の有力候補だった、という逸話もある。
彼の超クールな007も、一度でいいから見たかったかも。
合掌。
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by kiyotayoki | 2009-01-18 17:32 | 備忘録

やわらかい手(2007 ベルギー・ルクセンブルク・イギリス・ドイツ・フランス)

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原題:『IRINA PALM』(103分)
監督:サム・ガルバルスキ
原案・脚本:フィリップ・ブラスバン
音楽:ギンズ
出演:マリアンヌ・フェイスフル
    ミキ・マノイロヴィッチ
    ケヴィン・ビショップ
    シヴォーン・ヒューレット


世界同時株安、大量解雇、派遣切り・・・と、100年に一度といわれる大不況できりもみ状態の日本だけれど、英国の特に労働者階級を描いた映画を観ると、失礼かもしれないけど、ちょっとだけホッとする。
『フルモンティ』にしろ『リトルダンサー』にしろ、去年秋に観たケン・ローチ監督の『この自由な世界で』にしろ、どの作品もどっぷり不況に漬かった世界とそこで懸命に暮らす人々の姿が描かれてる。さすが斜陽先進国、不況が板に付いてるというか・・・(^^;。

この作品も、クリスマスシーズンとは思えないほどロンドンの風景は空も街も陰鬱そのもの。
職探しのために寒空の中、厚着をし首を縮めてとぼとぼ歩く主人公マギーの姿も物悲しさが漂っている。

あ、今の今まで気づかなかったけど、これ、クリスマスの小さな奇跡の物語だったのかな?

還暦をとっくに過ぎたマギーが、なぜ職探しをしているのかといえば、孫の治療費を捻出するため。ひとり息子の孫オリーは難病に罹っており、命を長らえさせるためには海外での高額な治療を受けさせる必要がある。
けれど、これまでの治療費で家まで手放していて、銀行で渡航費を借りようにも担保も収入もないので、サンタの帽子をかぶった銀行員には門前払いを食らう始末。
街のショボいクリスマスイルミネーション同様、現実はキビシ~っのです。

途方に暮れたマギーが見つけたのは、表向きは「接客」というかなり特殊な風俗業。
面接を受けたマギーは、オーナーであるミキ(男です^^)の説明に唖然としてしまいます。
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だって、その接客で彼女が客と接するのは手だけなんですから。
壁を隔てているので、顔を合わせることは全くない。
ならば楽?いやそれがその・・・お客が穴から彼女の手に差し出すのは、おのが男性自身、なのです。
手の動かし方さえ熟練すれば、誰でもできる仕事。年齢関係なし。だからこそマギーは面接を受けられたのでした。
そういえば、若き日のクリント・イーストウッドの主演作『マンハッタン無宿』にも、お婆さんたちが大勢でキスマークを封筒に入れて郵送するバイトをしてるシーンがあった。それをもらって大喜びしてる客が五万といたわけだ。
知恵と才覚さえあれば、年寄りにだってできる仕事はいくらでも作り出せるんだね(^^。

思い悩んだものの、結局マギーは可愛い孫のためと覚悟を決め、この怪しい世界に足を踏み入れることになる。
ひとつ幸運だったのは、マギーの手に常人にはない特徴があったこと。タイトルにもなっているけれど、非常に“やわらかい手”だったのです。その手で触られ、愛撫されると、えも言われぬ快感が得られるようなのだ。ってどんな感触なのか、こればっかりは体験してみないとわからない(^~^;
それが評判となり、マギーの受け持つ個室には毎日長蛇の列ができるようになる。
原題の『イリーナ・パーム』は、そんな彼女にオーナーのミキがつけた源氏名なのです。

題材が題材だけにR-15指定になっているようだけど、案外エロスとは無縁、卑猥さは皆無だった。
それより社会の底辺で懸命に生きる人々の健気さ、逞しさ、つらさ、哀しみがじんわり心を打つ作品に仕上がっていた。

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卑猥さを減じていた理由のひとつは、風俗店のオーナーを演じていたユーゴスラビア出身の男優ミキ・マノイロヴィッチの存在も大きかったと思う。
人間の欲望を金に換えている男でありながら、ギラついていないのだ。その目は、諦観からか哀しげでも優しげでもある。
当初はマギーを冷ややかに見ていたものの、次第に心を開き、心を寄せるようにもなる男をマノイロヴッチが滋味深く演じてくれている。地味ながら印象に残る役者さんだ。

小さな奇跡が生まれる映画ではあるけれど、ヨーロッパ映画らしく人生の皮肉を描くことも忘れていない。
マギーは男を虜にする“柔らかい手”の持ち主でありながら、死別した夫には浮気をされていたのです。
しかも親友と呼べそうな彼女の友人と。
きっと、生活すべてが受け身で、その“やわらかな手”の恩恵を夫も、そして彼女も受けていなかったのが原因なのだろうな。

映画を観て思ったのは、人間って生き甲斐さえ持てれば、どんな過酷な状況だって生き抜いていけるんだなってこと。
今の社会が生きづらいのは、なかなか生き甲斐が持てないからなんだろう。
派遣社員の哀しみもそこにある。正規雇用の社員には少なくとも“愛社”という生き甲斐がある。
それさえ持てず、簡単に首を切られてしまう派遣社員の「もう派遣はイヤだ」という叫びはもっともなことだと思える。

さて、samurai-kyousukeさんも書いていらっしゃったけど、
主人公マギーを演じてたマリアンヌ・フェイスフルという女優さんは、
僕みたいに1960年代後半に思春期を迎えた人間にとっては衝撃的な印象を残した方として知られております。
それは現在62歳の彼女が21歳のときに出演した映画『あの胸にもういちど』(1968)によるところが大。
この映画で彼女が演じるのは、“全裸”に黒革ライダースーツだけを身にまとい、
夫がいる身でありながら愛人(アラン・ドロン)の胸に一刻も早く飛び込みたくて、金髪をなびかせハーレイダヴィッドソンを疾走させる女の役。
この映画、当時やっとすね毛が濃くなってきた頃だった僕には敷居が高すぎて、TVで予告編を見ただけだったんですが、それだけでドッキンドキドキしちゃった作品デシタ(^^;。
その予告編がこちら(↓)

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by kiyotayoki | 2009-01-17 12:47 | 映画(や行)

すっとんきょうな声

若い人に「すっとんきょう」と言ったら、通じるかしらん・・・
そんな心配をしながら書いているんだけれど、「すっとんきょう」は「素頓狂」とか「素っ頓狂」と書く。
だけど、「素頓狂」は「頓狂」を強調した言葉だとは恥ずかしながら知らなかった(^^;。

ちなみに、「頓狂」は、「出し抜けで調子外れなこと」。
だから、「素っ頓狂な声の人」というのは、
「出し抜けに、とんでもない調子っぱずれな声を出す人」ってことになる。
“素”を頭に付けると、その程度が甚だしくなっちゃうんだね。
あと、軽蔑の意味が含まれる場合もある。「すかんぴん」とか。この字、どう書くと思います?
「素寒貧」だって。この寒空に、仕事をなくしてホームレスになったりすると、まさに「素寒貧」って感じ。ぶるぶるっ(^^;

・・・・と、なんでこんな話を始めたかというと、最近、「素っ頓狂な声」で驚いたことがあったからです。
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素っ頓狂な声で思い出すのは、ジャパネットたかたの高田社長だ。
この人の声は、素つ頓狂な上に、出身地の長崎訛りだろうか、独特なイントネーションが
妙に耳にこびりついちゃう。
素っ頓狂な声が商品名とともに耳にこびりつき、それが売り上げに貢献しているみたいだから、ある意味見上げた素っ頓狂声といえるんだろうな。

驚いたのは、お正月。TVを耳だけで聞いていたら、いつもの高田社長の声が聞こえてきた。
で、何の気なしに画面を見ると、声は高田社長なのに顔は社長じゃない!
若手の販売員なのだ。でも、素っ頓狂な声や訛りは高田社長瓜二つ!
これは、パロディCM?
と思ったら、脇から高田社長本人が現れて、今度は素っ頓狂な声の二重唱となった。
しかし、何者だろ、この若手の販売員。
高田社長を尊敬するあまりに、声や口調がそっくりになっちゃったんだろうか。
何にしても、ジャパネットたかたも、これで安泰だね。
だって立派な二代目ができたんだもん。

・・・と思ったら、あとで二度びっくりすることになった。
高田社長そっくりの声や口調でしゃべるこの販売員、実は、若手の物まね芸人だったんだってね。
なんでも、『エンタの神様』あたりで活躍しているビューティーこくぶという芸人さんらしい。
YouTubeでそのCMが見つかったけど、
それをここに載せるのは、なんかジャパネットさんの宣伝みたいになって癪なので、
ビューティこくぶという芸人さんの動画をご紹介しときましょう。



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ところで、素っ頓狂な声といえば、
一時期、その素っ頓狂な声が耳障りだった人がいる。
不況になってから、やたらTVで顔を見るようになった経済ジャーナリストの荻原博子さんだ。
ちょっと前までこの人、熱が入ると高田社長みたいにどんどん声が高くなるので、耳障りでチャンネルを替えるほどだった。
それが最近、出演しているのを見たら、ずいぶん落ち着いた喋りになっていた。
喋り方のクセって自分ではなかなか気づかないものだから、きっと「素っ頓狂過ぎる」って苦情があったんじゃないだろうか。
ま、出演番組をVTRかなんかでご覧になって、ご自分で自主規制なさったのかもしれないけれど(^~^ゞ
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by kiyotayoki | 2009-01-14 18:47 | 閑話休題

続・俳優そっくり犬 その22

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今夜は、満月らしいね♪

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それはそうと、
「所ジョージ」をウィキペディアで調べたら、こんなふうに書いてあった。


~肩の力を抜いた、いい意味での「いい加減さ」が人気であり、司会、レギュラーを務める番組は多数で、長寿番組も多い。また、理想の父親、上司ランキングでよく上位にランクインする。そのリラックスした司会ぶりは、島田紳助に羨ましがられている。~


今回のそっくり犬は、そんな所さん似の、
しかも、平成21年にふさわしい柄をしたワンちゃんです。

所さん似犬(平成21年、丑年用)
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by kiyotayoki | 2009-01-11 09:58 | 続・俳優そっくり犬

ダリと続・俳優そっくり犬 その21

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サルバドール・ダリ(Salvador Dalí, 1904年 - 1989年)といえば、自ら「天才」と称し、数々の奇行でも知られるシュルレアリスムの巨匠です。

そのダリに、とてつもない影響を与えたのが精神分析学の祖ジクムント・フロイトだったことをご存じでしょうか。
ダリがフロイトのことを知ったのは学生時代。フロイトの名著『夢判断』を手に取ったのがきっかけ。その著書によって、夢が無意識を知る王道であることを知ったダリは、創作活動を通して自己の無意識の解放を目指すようになります。

ダリは自伝にもこう書いています。
「これは私の人生における重大な発見の1つだった。……私は夢だけでなく、わが身に起こったあらゆる出来事を自己解釈せずにいられないという真の悪習にとりつかれてしまった」

フロイトの著作や精神分析に深く心を奪われたダリは、
シュルレアリスムの理論を発展させて、独自の「偏執狂的批判的方法」を生み出します。
これは、自らは精神の異常をきたすことなく、偏執狂患者の狂った心を装いながら、
外観の背後にあるイメージを感じとるという、ちょっと危険な香りのする創作法。
ダリは、「私と狂人との唯一の違いは、私は狂っていないということだけだ」とおっしゃっております(^^;。

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そんなダリが憧れのフロイトと出会ったのは、1938年。
ユダヤ人であるフロイトがナチスドイツの迫害から逃れてロンドンへ亡命してきた時です。
その時に持参してフロイトに見てもらった作品が「ナルシスの変貌」でした。
フロイトは翌年亡くなってしまいますが、まさかダリの毒気に当たったわけじゃありますまいね。


ダリは映画界とも密接な関係を持っていました。
学生時代に、後に映画監督となるルイス・ブニュエルと知り合ったダリは、1928年にシュルレアリスムの伝説的映画『アンダルシアの犬』をブニュエルと共同で制作します。
映画への興味はその後も続き、やはりフロイトに興味を持っていたヒッチコックの『白い恐怖』(1945)では、グレゴリー・ペック扮する主人公の見る夢の部分を担当してらっしゃった。



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・・・なぁんて、ダリのことを長々と書いてしまったのは、
ダリ似のワンちゃんの写真を見つけちゃったという「なぁんだ、そういうこと?」的理由からだったんですが(^^ゞ。
今回のワンちゃんは、無意識の世界のダリ似といいましょうか・・・。
意識の世界では、上から目線のお写真が多いことからもわかるように、
「我が輩は天才であ~る」と、強気一辺倒のダリさんでしたから、
無意識世界のダリさんのシャドーはきっと弱気だったに違いないという勝手な想像から選んだワンちゃんです。

無意識世界の超弱気なダリ似のワンちゃんとは・・・
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by kiyotayoki | 2009-01-08 02:00 | 続・俳優そっくり犬

正月休みに読んだ本


年末年始に読んで面白かった本をご紹介いたしましょう。

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『白の闇』。
昨年末に観た映画『ブラインドネス』の原作です。
作者は、ポルトガルのノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴ。
ノーベル文学賞を受賞した作品と聞いただけで、「うわっ、難解そう」と身構えてしまいそうだけど、これは下手なパニック物より臨場感があり、文体に慣れたあとは一気に読んでしまった。
私たちの住む世界は、見る・見えることが前提として出来上がっている。それが突然見えなくなってしまったら、世界はどのように変貌し、人の心はどう崩壊していくのか・・・。
映画はそれが2時間に凝縮されていたけれど、小説のほうはもっと深みがあり濃密だった。

ただ、最初は戸惑った。
ページがびっしり活字で埋まっていたから。
改行がほとんどない上に、会話には鉤括弧もない。地の文と会話の文との間に区切りがないのだ。しかも、登場人物には誰も名前がつけられていない。たとえば、「医者の妻」、「斜視の少年」といった具合。
近頃の改行だらけの小説に慣れていると、突然、活字の海に放り込まれたような気分になっちゃう。でも、その文体に慣れると、文章が平易ということもあり、それが当たり前になって、いいリズム感が生まれ、読むスピードも上がっていく。

原作のある映画の場合、先に原作を読むべきか、それとも映画のほうを先に観るか、
悩むところだけれど、この場合は原作があとで良かったのかも。
映像化されたものを見ているせいか、想像力はやや阻害されるものの、映像作家がどんなところに力点を置き、どんなところをなぜ省いているかが理解できたし。


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『となりの車線はなぜスイスイ進むのか』
原題は「TRAFFIC: Why We Drive the Way We Do (and What It Says About Us)」。トム・ヴァンダービルト著。

こちらは、交通渋滞や交通事故を通じて、およそ合理的ではない人間の本質を明らかにしてくれる本。

渋滞はなぜいらいらするのか。
車に乗るとなぜ人格が(悪い方に)変わるのか。
人を型にはめて判断してはいけないと普段は言っている人が、車については妙にドグマチックになるのはなぜか。
道を増やしても交通渋滞が減らない理由。
カーナビのジレンマ(いちばんいいルートをカーナビが選ぶと、そこに車が集中してかえって遅くなる等々)。
車線合流はどうするのが最も合理的か・・・・
そうした車社会にありがちな話を、心理学や交通科学の見地から軽妙に説明してくれていて、とても興味深い一冊でした。

そのほかにも、
あまりにも車内で過ごす時間が長いので、米国のドライバー(とりわけ男性)は右腕より左腕の方が皮膚がんの発症率が高い。
とか、
古代ローマ人も渋滞に悩んでいた。
とか、
前の車が女性ドライバーの場合の方が、男性も女性もホーンをよく鳴らす。前の車が高級車だと、ホーンを鳴らしにくい。
とか、
駐車場が満車で待っている車があると、駐車していた車はなかなか出ようとしなくなる。
とか、
どんなに渋滞が激しくてもスターがアカデミー授賞式に遅刻しない理由とは。
・・・といった小ネタも満載の本でありました。
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by kiyotayoki | 2009-01-07 21:04 | 備忘録