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映画の心理プロファイル

『太陽』(2005 露・伊・仏・瑞)

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原題:『SOLNTSE』(111分)
監督:アレクサンドル・ソクーロフ
脚本:ユーリー・アラボフ
音楽:アンドレイ・シブレ
出演:イッセー尾形
    ロバート・ドーソン
    佐野史郎
    桃井かおり

以前から、気にはなっていた映画です。
何しろ、主人公が昭和天皇
しかも、描かれるのは終戦間際からマッカーサーとの会見あたりまでの昭和天皇の心模様。「いかにして天皇は人間宣言するに至ったのか」というところを中心に描かれてる。それには数々のタブーに挑戦する必要があるから、日本では自主規制というか、ついぞ描かれることのなかった題材。
それが可能になったのは、出てくる俳優は日本人が主だけど、作ったのは日本人ではないから。ロシア人監督のソクーロフさんは、この作品の前にも20世紀の大戦に関わった指導者、ヒトラーとレーニンを扱った作品を撮ってる。これが三部作の最終作らしい。

昭和天皇を演じるのはイッセー尾形。絶妙の配役というか、この人じゃなかったら、映画全体から醸し出されるそこはかとないおかしみは出せなかったかも。
映画自体が、取り巻きは登場するものの、イッセー尾形の一人芝居のような部分もあるから、ある意味、彼のステージを見ているような気にさせられましたしね。
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表情から、語り口調、そして仕草まで、その昭和天皇の人となりは、やや誇張された感じはしたものの、僕の中にある昭和天皇像とかなりシンクロしておりました。
ただ、僕が知っているのは年老いてからの、しかもTVの皇室番組などでお見かけした姿なので、終戦時44歳(尾形は52歳)だった天皇が映画の中のような人物だったかは不明ですけれど。もちろん、演じたイッセー尾形にしてもそうだったでしょう。

そもそも、天皇という存在を意識したのはいつ頃だったろう・・・。そう自問して思い当たったのは、祖母の部屋に飾ってあった天皇と皇后の肖像画(写真?)でした。
百歳の天寿を全うした祖母は、当時母屋とは別棟の古い日本家屋の二階に住んでおりました。二階に上がる階段がとても急で、しかも薄暗くて、小さな僕と姉はドキドキしながら、でも毎日のように通ってた。目的は、お菓子をもらうため(^^ゞ。
そんな祖母の部屋で目についたのが、観音開きの扉のついた白黒テレビと、梁の上の肖像画だったんですね。ただ、仏壇のほうに死んだ祖父の立派な写真もあったので、てっきりお二人も亡くなった歴史上の人物だと思っていたフシがありますけどね(^^;
祖母は明治天皇の御代に青春時代を過ごした人。それだけに現代人には想像できないほど、天皇家に対する敬愛の念は深かったのだと思います。

そういう敬愛・思慕の念を昭和天皇が明治天皇に対して持っていたことがわかるシーンが印象的でもありました。
ただ、マッカーサーと昭和天皇のやりとりは消化不良だったかなぁ。
戦争責任は天皇にあると考えていたマッカーサーが、天皇と直接言葉を交わすことで「強い印象」を受け、天皇制存続の方針に考えを改めることになる重要なシーンだけに、さて、どんな”強い印象”の会話が交わされるのか、注目しておりました。それだけに、ちょっと物足りなかったかな。


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by kiyotayoki | 2007-10-16 13:35 | 映画(た行)